憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その2】 
憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その3】 
憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その4】 
憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その5】 

651 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 18:46:32.32 ID:KQ5xjk6o
「ちょっと!片桐さん(コラ!オッサン)話が違うじゃないですか!」
会社への帰り道、俺は片桐さんに抗議をした。

今こんな仕事を受けてしまえば、旅日記もモーニングステーションも
共倒れする可能性がある。

しかもモーニングステーションも長尺物だ。
俺は長尺物を作った経験がない。
だから旅日記で、それを経験するつもりであった。

しかもモーニングステーションは新番組である。
新人の俺が手を出すような番組ではない。

「片桐さん。俺できませんよ!旅日記のDもするんです。来月は」

片桐さんは少し困った顔をしたが
「でも仕方ないだろ。ああなった以上は。旅日記は断れよ」

このオッサン、自分のことしか考えてないよ!

今さら白井の仕事を断れるはずが無い。
元々向こうの仕事が先なのである。
白井さんだって、俺のためにその週のディレクターは空けてくれているのだ。

コイツでは話にならん。

655 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 18:53:51.93 ID:KQ5xjk6o
俺は会社に帰って制作デスクの松井さんに掛け合った。
表向きは松井さんが、制作スタッフの割り振りを担当しているのである。
(現実はPがDに声を掛けて、引き抜き合戦が横行している)

俺と松井さんと片桐さんで話し合いが開始された。
しかし松井さんも俺の話に、うんうんと頷くものの

「こうなったら二宮にやってもらうしかないですよ。
向こうの局Pも局Dもその気になっているし。
いまさら1回目は他のDで!というワケにはいきません」
この片桐さんの話に押され気味である。

なぜここに白井さんがいないんだ。
それもおかしいじゃないか!?

松井さんが決断が下さした。
「モーニングステーションは、手の空いている先輩が手伝うということで。
でもメインディレクターは二宮くんで行こう。」

ちょっとふざけるなよ!
そんな男気のある先輩がこの社内のどこにいる?

結局松井さんは、面倒な話をサッサと片付けたいだけなのだ。

話し合いはそれで終了した。


662 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 19:01:20.93 ID:KQ5xjk6o
こ・・・こうなれば・・・やるしかないのだ。
もし1つでも仕事がズレ込めば・・・。
これは大変なことになる・・・。

俺はそれを想像して少し震えた。

それから数日後、おふくろから電話があった。

「お正月は帰ってくるのかい?」

そうか正月休みか・・・。
いまの俺には休みなど頭になかった。

「うん。仕事忙しいから・・・。まだなんとも言えないよ・・・。」

「そうかい・・・。体は壊してないかい?」
おふくろは明らかにガッカリした様子だ。

引越し以来、実家には帰っていない。
やっぱりここは実家に帰って、親孝行をするべき時なのかもしれない。

「体は大丈夫だよ。やっぱり正月なんとかそっちに帰るよ。」

「そうかい。それじゃ美味しいおせち作らないとね~。」
おふくろの声が一気に明るくなった。

おふくろはやっぱり俺の顔が見たいんだ。
俺だっておふくろの顔は見たい。

「もしかしたら行けない可能性もあるから、あんまり期待しないでね。」
そう言って電話を切った。


669 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 19:18:53.68 ID:KQ5xjk6o
正月、実家に帰るのであれば
更に仕事のスケジュールをタイトにする必要がある。

当時の俺のスケジュールは
パブの台本→モーニングステーションのネタ探し→パブのロケ
→モーニングステーションの企画書作成→旅日記の今までのO.Aプレビュー
→川田さんのAD→旅日記の企画書作成→パブのオフライン編集。

このように色々な業務が重なりあって
なにがなんだか分からない状態であった。

隙を見つけては、別の仕事を詰め込み
また隙を見つけては、別の仕事を詰め込む。
こんな状態であった。

まさに八方塞がりである。

まるで今の宮崎県知事のような生活だ。
スケジュールは分単位である。1分も無駄にはできない。
しかし俺には、彼のようにスケジュールを管理してくれる人間はいない。
スケジュール管理も全て自分で行う。

当然寝ている時間は無い。
3日徹夜して3時間寝るような暮らしであった。

そして案の定、モーニングステーションを手伝ってくれる先輩などいなかった。
みんな自分の仕事で手一杯である。

それでなくても、新番組の1本目などという責任重大な仕事に
自ら関わってくる人間などいない。

新人の俺が、先輩を捕まえて「手伝って下さい」など、とても言えない。

俺は自分のデスクで寝てしまうこともあった。
さすがに誰も起こそうとはしない。

居眠りを注意させないオーラも、俺の体から出まくっていた。
もしそれを注意しようものなら

「んじゃテメーがやってみろ!」くらいは言い出しそうな雰囲気があったと思う。


677 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 19:37:02.65 ID:KQ5xjk6o
もうダメ・・・。死んじゃうかもしれない・・・。」

その日も俺はデスクに突っ伏していた。
しかし寝てはいなかった。意識はある。

そんな時、旅日記のプロデューサーである、白井さんが声を掛けてきた。
「二宮くん大丈夫?随分大変そうだけど」

俺は姿勢を正した。
この人の前では、あまり疲れた姿を見せるわけにはいかない。
俺をディレクターに選んだことを不安にさせてしまう。

「はい。大丈夫です」
嘘だ。全然大丈夫ではない。

「旅日記・・・出来る?」
この仕事を下りるか?と聞いているのだ。

これが最後の蜘蛛の糸だ。
この糸を切れば、俺はカンダタになってしまうかもしれない。

初めての長尺物。
しかもそれが2本。
更に1本は新番組。

精神的な重圧だけでもハンパでは無い。

逃げたい・・・。
どうしよう・・・。

1秒間考えたあと
「出来ます。大丈夫です」
俺はそう答えていた。


682 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 19:45:50.17 ID:KQ5xjk6o
元々は白井さんの仕事が先だったんだ。
それを別番組のために断ることが、俺にはどうしても出来なかった。

それに白井さんは、新人の俺に初めて長尺物を任せてくれた人だ。
その期待に応えたい。

「そう・・・。それじゃよろしくね。」
そう言って白井さんは消えた。

なんとかなるさ・・・。

このままのペースでやっていけば・・・。

なんとかなるさ・・・。

その夜も俺は、社内で企画書を書いていた。
すると携帯が光った。
メールだ。

差出人はまりあであった。

そういえば、何日まりあに会っていないだろう?
もう正確には思い出せない。

最後にメールを返したが、いつかも思い出せない。
完全に日にちの感覚は奪われていた。

「30日にぢっかにかぇります。。。それまでにぁぇますか??」
顔文字が無い。

まりあの心情が逆によく分かった。


698 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 19:56:03.12 ID:KQ5xjk6o
確か今日は・・・28日か・・・。
会うとすれば明日の夜しかない。

いまこの状況で、まりあに会う時間を割くのは危険だ。
その時間があれば、少しでも仕事が進められる。
正月には実家に帰る予定だし、仕事を進めなければ・・・。

しかし俺は
「明日の夜まりあの部屋に行きます」と
返信した。

俺はまりあが大好きなんだ。

本当に大好きなんだ。

彼女を大事にするって誓ったんだ。

仕事なんてまた徹夜で取り戻せばいい。

まりあから返信がきた。
「o(^-^o)(o^-^)o ヤッター♪まってるね☆⌒(*^∇゜)v ヴイッ」

俺はそのメールを見て少し幸せな気持ちになった。

まりあがいるから俺は頑張れるんだ・・・。

そして俺は企画書の続きに取り掛かった。


707 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 20:06:06.48 ID:KQ5xjk6o
次の日、俺は仕事をなんとか片付け
(といってもメドがたっただけで、なにも片付いてはいない)会社を出た。
時間はすでに22時30分になっていた。

十数時間ぶりに外気に触れた。
ひんやりとした風がやけに心地よかった。

電車に乗る。そのことすら少し懐かしい。
これじゃ定期も無駄だよな・・・。
ボーッとそんなことを考える。

電車の中では眠った。
たった3駅だが、今はその時間すら貴重である。
いま眠ると起きる自信がない。
携帯にタイマーをセットした。

駅に着いてマンションまでの道のりを歩く。
初デートをした川が見えてきた。

しばらく川を見つめながら、初デートを思い出した。

暖かくなったら、またここでデートをしような・・・。
その時には、きっと仕事もヒマになっているはずだよ・・・。

俺は心の中でまりあに話し掛けていた。

マンションに到着してエレベーターに乗り込む。
3Fのボタンを押してフーッと息をつく。

やっと帰ってこれたよ・・・。

俺は302号のインターホンを押した。
「はい!」まりあの声は既に明るい。

「俺です。光輝です。」

すぐにドアが開いた。

そこには俺が大好きなまりあがいた。


712 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 20:10:48.94 ID:KQ5xjk6o
何日も見ていなかったまりあの顔を見た瞬間
俺はギュッと胸が締め付けれる思いがした。

初めてここでまりあに会った時を思いだしていた。

「おかえり・・・。光輝くん・・・。」
まりあの目が潤んでいた。

こめんね。
今までほったらかしにして。

こんなにもまりあが大好きなのに・・・。

「ただいま。まりあ」
俺がそう言った瞬間、まりあが抱き付いてきた。

油田・・・。頼むから今だけは部屋から出てくるなよ。


726 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 20:19:34.18 ID:KQ5xjk6o
リビングに入ると、まりあがそばを作ってくれた。
今年は一緒に年越しができない。
それで少し早い、年越しそばを用意してくれた。

まりあはご機嫌でだった。
そんなに俺と一緒にいるのが嬉しいのか?
こんな俺みたいなヤツでも・・・。

「元日と2日は俺も実家に帰るね」
まりあにはまだ言っていなかった。

「そっかぁ!親孝行しないとね!」
当然まりあも俺が片親なのを知っている。
そして俺がおふくろを大事にしていることも知っている。

まりあはそんな俺の気持ちを大切にしてくれた。

そばを食べ終えた俺は
まりあが食器を片付けている間に、つい眠ってしまった。

ダメだと思っても、気がつけば眠っていたのである。

そばらくして目が覚めた。
なんだか頭がフカフカする・・・。
まりあは俺に膝枕をしてくれていた。

もう1度目を瞑った。
なんだか気持ちいいなぁ。

まりあは俺の髪の毛を撫でながら
「こんなにボロボロになって・・・。可哀想だね。光輝くん・・・。」そう呟いた。

俺はその言葉を聞いて、再び深い眠りに落ちた・・・。


881 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:09:16.75 ID:WYfnSAso
第16章 帰省

大晦日。
その日の深夜も俺は会社で仕事をしていた。

さすがに大晦日の夜は誰もいないや・・・。

通常は深夜の時間帯でも
1人か2人は、仕事をしている人がいても、おかしくは無い。

しかし、会社的な仕事納めも既に済んでいて
さすがに大晦日の深夜まで、仕事をしている物好きはいない。

そう・・・。俺以外には。

俺は一息ついて外に出た。

コンビニでカップそばでも買って来よう。
少し寂しいけど、年越しの行事はしておこう。

会社に戻り、カップそばにお湯を注いで、TVのある部屋に行った。
画面では新年のカウントダンウンに向けて盛り上がっている。

薄暗い会社の一室で
1人カップそばの出来上がりを待つ、侘しさが込み上げてくる。


887 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:17:12.49 ID:WYfnSAso
新しい年まであと5分・・・。

俺は目を閉じて、今年の自分を振り返っていた。

色々あったなぁ。本当に色々と・・・。

おふくろと別れて、初めての1人暮らし。

まりあや油田との出会い。

入社早々に起こしてしまった大チョンボ。

でも川田さんがそんな俺を救ってくれた。

渡辺が隣に引っ越して来て・・・。

そうそう。まりあの誕生日!

あの時は焦ったよ。主役が来ないんだもんな。

でもあの日だったんだよね・・・。まりあと付き合ったのは。

初めてのデートで俺、川に落ちちゃったよ。本当にまぬけ。

次のデートの後か・・・。まりあと初めてキスしたのは。

その後は仕事が忙しくなっちゃって・・・。

そして大晦日の夜に、会社でカップそばなんか食おうとしてるよ・・・。

フーッ。と一つ大きなため息をついて目を開けた。


889 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:25:00.10 ID:WYfnSAso
TV画面から「新年、明けましておめでとうございまーーす!!」
という賑やかな声が聞こえてきた。

俺は「新年、明けましておめでとうございます。まりあ」と心の中で呟いた。

そしてカップそばをズルズルと食べる。

やっぱりまりあが作ってくれたそばの方が
圧倒的に美味しいなぁ・・・。

ともかく新たな年に突入した。

俺の人生で、最も悲惨な1年がスタートした。


896 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:38:03.45 ID:WYfnSAso
一旦マンションに戻ってから
俺は実家に帰る電車に揺られていた。

結局、大晦日から元日は徹夜で仕事をした。

今は朝の6時。
カウントダウンイベントのために徹夜で運行していたのかな?

そう考えると、鉄道会社の人も大変だよね。
忙しいのは俺だけじゃないんだね。
お疲れさまです・・・。

それにしても、みんな笑顔だよね。
初詣にでもいくのかな?

新年だもんな。
みんなウキウキして当然だよね。

こんな疲れた顔をしているのは、きっと俺だけだよ。
そう思うと少し笑えてくる。

俺は電車で約2時間揺られ、実家のある駅についた。

もうすぐおふくろと会える!
そう思うと自然と足取りが速くなる。

実家に到着した。しばらく家を眺める。
俺がおふくろと2人で暮らしていた家。
それは俺が出て行った時となにも変わってはいない。

少し懐かしくて、中に入るのが、なんだか照れくさいような・・・。
そんな不思議な感覚がした。


909 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:45:29.03 ID:WYfnSAso
玄関のドアを開く。
カギは空いていた。

俺は元気な声で言った。

「ただいま~。帰ってきたよ。おふくろ~」

するとすぐに居間の方から
パタパタという足音と共に、おふくろが出てきた。

おふくろ・・・。

なんだか少し懐かしく感じるおふくろの顔。

少しシワが増えたかな?
髪も少し白くなったかもね?

でもその優しい笑顔は何も変わってないね。

「おかえりなさい。光輝・・・。」
そう言ったおふくろの目は、早くも潤み初めている。

「ただいま。おふくろ」


919 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 10:54:15.73 ID:WYfnSAso
約8ヶ月ぶりに会ったおふくろははしゃいでいた。

「ちゃんとお野菜食べてるかい?母さんは心配だよ。」

「そうそう。お神酒持ってきてあげるから、飲みなさいね。」

「おせち食べなさいね。光輝はカズノコが好きだから多めに作ったよ。」

「あっ!甘いもの食べるかい?お饅頭があったはずなんだけど・・・。」

俺はつい、あははと笑ってしまった。

「いいよ。おふくろもここ座りなよ。一緒におせち食べようよ。」

おふくろは
「そうかい・・・」と言って俺の向かいに座った。

おふくろと向き合って座ると、この家に住んでいた時のことを思いだす。
それは妙に心地良い空間であった。

「光輝少し痩せたねぇ。お仕事忙しいのかい?かあさん心配だよ。」
俺の顔を覗き込みながら、おふくろはしみじみとそう言った。

「ん?大丈夫だよ。まだ1年目だし、慣れない部分で少し疲れただけだよ。
来年は後輩も入ってくるし!仕事はもっと楽になるよ!」

俺はおふくろを心配させないために、無理な笑顔を作った。

これは1年目の疲れでは無い。
完全なオーバーワークの疲れであった。


927 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 11:10:36.58 ID:WYfnSAso
「それよりさぁ。おふくろ・・・」
そういって俺は鞄から、お年玉袋を取り出した。

「はい。お年玉だよ。受け取って。」

おふくろは驚いた顔で俺を見ている。
そして「子供からお年玉なんか貰えないよぉ。」と言った。

「いや。受け取ってよ!俺就職が決まった時にね。
お年玉をおふくろに渡すのが夢だったんだ」

俺の言葉を聞いたおふくろがポロポロと涙をこぼした。
俺はそんなおふくろの手を取って、そっとお年玉袋を握らせた。

「ありがとうね。光輝・・・。」
おふくろは涙声でそう言った。

その後は2人でおせちを食べた。

そうそう!この味だよな!

親父が亡くなって、家がどんなに貧しくなっても
おふくろはおせちだけは必ず作った。

そのグレードを落とすことも、決してしなかった。
そこには貧しいなりに、おふくろの意地を感じた。

おせちを食べたあと、俺はおふくろの肩を揉んでいた。
おふくろの肩を揉むのも随分久しぶりだよな・・・。

物思いにふけっていると、玄関がガラガラと開く音がした。

「明けましておめでとうございますーーー!!おばさん勝手に上がるよーーー!!」
懐かしいその声・・・。

それは俺の親友、悟の声だった。


948 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 11:19:01.30 ID:WYfnSAso
居間に向かって、ドカドカと悟の足音が近づいてくる。

勝手知ったる幼馴染の家・・・ってやつか。

居間に入ってきた悟。

「おばさんおめでとーー。これ日本酒だよーー・・・」
俺の存在に気がついた悟が、驚いた表情で固まる。

「なんだよ!光輝!!帰ってたんかよーーー!!!」
相変わらず声のデカイやつだ。

俺の幼馴染であり、親友である悟はハッキリいってイケメンである。
身長も180cmあり、色黒でシャープな顔立ち。
速水もこみちにそっくりだ。

しかも社交性も抜群にあって。
スポーツ万能。趣味で3on3なるバスケもやっている。

職業はフリーターだが、全国の色々な場所を旅する
自称「自由人」である。

もちろん俺がコイツに勝てる部分は、外見でも内面でも1つもない。


959 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 11:28:21.87 ID:WYfnSAso
「この後ね。お前の家に行こうと思ってたんだよ。」

俺がそう言うと「そうか!そうか!」と言って悟は肩を抱いてきた。

こういう行動がサラリと出来て、なおかつ嫌味がない。

はいはい。あんたは本当にカッコイイよ。

「そうだコレ飲め!高い日本酒だ!おぱさんも飲むよね?コップ3つお願いね」

本当に凄まじい社交性というか・・・。
なんというか・・・。

でも俺のおふくろも、悟のそういう性格は理解している。
根心の優しい、本当にイイ子だといつも言っている。

まさにその通りである。

今日も俺のおふくろを心配して、こうして訪ねて来てくれたのだ。

3人でおふくろのおせちを食べて
酒を飲み、大いに笑った。
やっぱり帰ってきて良かった。

仕事で張り詰めていた緊張が、ほぐれていくのが分かる。
やっぱりここは、俺が1番安らげる場所なんだな。

俺は悟を連れて自分の部屋に行った。


969 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 11:34:21.19 ID:WYfnSAso
ここも何も変わっていない。

この机で俺は、毎晩勉強をしたんだ。
なにも楽しみが無かった。

来る日も来る日も、それまでの行いを贖罪するかのように
勉強ばかりしていた。

俺は悟と再び日本酒を飲み始めた。
さすがに寝ていないので、酒の回りが早い。

それでも親友と酒を飲みながら話すのは本当に楽しい
ついつい飲みすぎてしまう。

俺は親友に報告した。

「実はさ・・・。俺彼女できたんだよね。」


979 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 11:41:13.75 ID:WYfnSAso
悟は驚いた様子で
「マジかよ!?どんな子なんだよ?可愛いのか?何歳なんだ?」
矢継ぎ早に質問をしてきた。

それらの質問に答えながら俺は最後に
「本当に大好きなんだ。こんなに女の子を好きになったの初めて・・・。今度悟にも紹介するよ」
と言った。

それを聞いた悟は
「んじゃ正月が明けたら、光輝ん家行っていいか?俺バイト辞めたばっかでヒマなんだ。
しばらくホームステイさせてくれよ!お前の住んでいる土地もブラブラしてみたいしさ。」

俺は気前良く言った。
「好きなだけいていいよ!俺は忙しいけど
他にも油田ってヤツとか、渡辺ってのがいて楽しいぜ!まるで下宿みたいだよ。」

そして俺は、酒に潰れてとうとう眠ってしまった。
「明日には帰らなきゃ・・・。仕事しなきゃ・・・。」
そんなことを考えながら。

意識が遠のく中で
悟がそっと布団を掛けてくれた記憶がある・・・。

122 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:07:08.64 ID:WYfnSAso
第17章 転落

「それじゃ帰るね!」
俺は玄関でおふくろにそう告げた。

当初の予定ではもう1泊くらいを考えていたが
そんな余裕はやっぱり無かった。

結局、俺の正月休みは1日だけとなった。

「本当に体だけには気をつけてね。無理だけはしないでよ」
おふくろは心配そうに俺を送り出してくれた。

「うん。大丈夫。じゃあね。」
そう言って俺は玄関を出た。

今度ここに帰ってくるのはいつだろう?

俺はふと、8ヶ月前の引越で
この家を出た時と同じことを思った。

でも今はあの時と状況が全然違う。

仕事では責任が課せられ
プライベートではまりあを大切にしなければいけない。

たった8ヶ月の間に、俺を取り巻く状況は変化したのだ。

俺は駅まで走った。
丸1日、24時間以上を無駄にした。
このロスは大きい。

早く会社に戻らねば!

電車の中でも俺は落ち着かなかった。
この時間があればアレもできるのに!コレもできるのに!と
仕事のことばかり考えていた。


130 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:11:09.45 ID:WYfnSAso
俺は会社に飛び込むと、早速自分のデスクに向かった。
スケジュールを確認し直してみる。

モーニングステーションが今月2週目のO.A
旅日記が4週目のO.A
どう考えても時間が無い。

1週目の末には、モーニングステーションのロケを行わなければ。

2週目の前半で、モーニングステーションのオフライン編集、ナレーション台本を作成。
その合間を縫って、旅日記のロケハン(ロケーションハンティングの略。ロケ地の下見)
旅日記の企画書を作成。

2週目後半で、モーニングステーションのオンライン編集とMA。さらにはO.Aの立会い。
旅日記の取材先に許可申請。

3週目の前半で、旅日記の台本を作成。技術打ち合わせ。ロケ準備。

3週目の後半で、はロケ準備。ロケ。

4週目で、オフライン編集。ナレーション台本の作成。オンライン編集。MA。そしてO.A

俺は冷や汗が出た。

できるのか?一体・・・。

こんなスケジュールで・・・。


138 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:18:48.16 ID:WYfnSAso
普通に考えてADの付いていない俺には、到底無理なスケジュールである。

あの天才田畑さんでも相当ヤバいスケジュールだろう。これは・・・。

しかも俺は長尺物が初めてである。
今回は2本ともがその長尺物だ。

もしどこかで、スケジュールがズレ込んだら・・・。
俺はそれを考えて、一瞬身震いがした。

でもやるしかない・・・。
やるしかないんだ・・・。

俺は早速仕事に取り掛かった。

その日からの記憶はあまりない。

日付は1月5日になっていた。

2日に会社に戻ってから一睡もしていなかった。
会社の新年会にも顔を出していない。

俺は自分のデスクにうつ伏せ状態になっていた。
体がピクピクと痙攣しているのが分る。
睡魔や疲労と戦っていた。

だめだ・・・寝ちゃだめだ。
でもこのままだと・・・。
今日は旅日記のロケハンに行かないといけないのに・・・。

その時、俺の目の前で携帯が光った。

着信だった。悟だ・・・!
電話に出た。


139 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:23:44.85 ID:WYfnSAso
「はい・・・。」

「おう!光輝。俺だよ」

「ああ・・・。」

「今お前の家の近くなんだけど、今日は何時に帰ってくる?」
住所と地図は、おふくろに預けてきていた。

早速、来てくれたんだ・・・。

「わかんない・・・。でも遅いよ・・・。」

今日は帰る予定など初めからない。
でも悟が来てるんだ・・・。帰らないと・・・。まずいよね・・・。

俺はボーッとした意識でそんなことを考えていた。

「そっか。俺はその辺ブラブラしているから!
終わりそうな時間になったら電話してよ!」

「あっ・・・。待って悟・・・。」


148 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:30:07.52 ID:WYfnSAso
「俺の電話が無い場合は301号に行って。
そこの油田・・・。友達だから。
事情説明してくれたらいいから・・・。」

でも油田も実家に帰っているかも?
どうなんだろ?

「もし油田がいなかったら・・・。」

まりあが帰っている。
昨日、そんなメールが来ていたような気がする。

「302号に行って。それ俺の彼女の部屋だから・・・。」
俺が紹介できないけど、まぁいいか・・・。
2人には早く仲良くなって欲しいし・・・。

今の俺ならば、そんなことを言わないかもしれない。
それは少し賢くなって、少し人を疑うことを覚えたといえる。

でもこの時は、純粋に悟とまりあを信用していた。
「信用していた」というのも適切ではない。

俺の親友と俺の彼女。
その2人になにかが起こるなんて、想像もしていないのだ。 


157 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:35:11.46 ID:WYfnSAso
俺はその電話の後、なんとか気力を振り絞ってロケハンに出ていった。
もはや立っているのすら危うい。
しかし現場までの電車で眠れるのが、俺には有り難かった。

なんとかロケハンを済まして会社へ戻る。
すぐにモーニングステーションの台本を書く。

それが苦痛で仕方がない。
それでもやるしかなかった。

それが俺の仕事だ。
もうスケージュールは、1日だって延ばすことは出来ない。

台本が完成した。
もう22時になっていた。
それを局Dの木下さんにメールした。

これでOKが出れば、やっとロケに出ることが出来る。
そうすれば、少しは先もは見えてくるというものだ。 


164 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:40:16.07 ID:WYfnSAso
俺はここでやっと悟のことを思いだす。

やばい・・・。
アイツ俺の部屋のカギ持ってないじゃん・・・。

俺は悟に電話をした。

悟が電話に出た。
「ごめん悟。いまどこ?」

悟は明るい声で言った。
「今まりあちゃんの部屋だよ!いい子だな。まりあちゃん」

ドクン・・・。
俺の胸が変な高鳴りをした。
なんだ?この感覚・・・。

「そ・・・そうなんだ・・・。まりあは?元気?」

「ちょっと待ってろよ!」
悟がそういって受話器から口を遠ざけた。

かすかに聞こえる声。
「光輝がまりあちゃんと話したいみたいだよ~。」

しかしまりあの返事は聞こえない。

その代わりに、悟のはっきりした声が返ってきた。
「なんかまりあちゃん、カレーの材料切ってて、手が離せないんだと」

ドクン・・・。
またあの変な胸の高鳴りだ。

「そ・・・そうか。俺も今から一旦家に戻るよ。
お前、俺の部屋のカギ持ってないしさ。そこにいてくれ・・・。」

「はいは~い」
という悟の返事を聞いて電話を切った。

俺は会社を出てタクシーを拾った。 


175 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:44:10.48 ID:WYfnSAso
疲れていて、電車に乗るのが苦痛であった。
しかしそれとは別に、もうひとつの感情もあった。

早く家に帰りたい!

俺はタクシーでずっと考えていた。
なんだろう・・・。この感覚は・・・?
心にポツリと出来た、違和感とでもいおうか・・・。

仕事でクタクタのはずの脳が、妙にクリアになってゆく。

俺はタクシーを降りるとエレベーターを待った。

エレベーターが1階に到着すると油田が降りてきた。
「どうもどうも!いや~二宮さん。なんかお久ですね~。」

テメーいるんじゃねーかよ!
肝心な時に留守にしてんじゃねーよ!

俺はエレベーターに乗り込むと、3階のボタンを押した。
なんでだ?なんで俺こんなに急いでいるんだ?

彼女と親友が一緒にいるだけじゃんよ。
なんも急ぐことなんかねーじゃんよ。


186 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:48:56.77 ID:WYfnSAso
3階に到着すると、俺は真っ直ぐに302号へ。
慌ててインターホンを押した。

「はい!」
まりあの声だ。

「俺・・・。光輝」

すぐにドアは開いた。

「おかえりなさい!光輝くん」
まりあが笑顔で出迎えてくれた。

なぜかホッとする。

「お友達の・・・悟くん?待ってるよ。」

「うん。俺がここで待ってくれって言ったんだ。ごめんな」と言って
俺はリビングに上がった。

リビングでは悟がカレーを食べていた。

・・・なに?この感じ。
このすごく嫌な感じは?

悟は俺を確認すると
「よっ!遅くまでご苦労さん!」と言った。

俺は無言でリビングに腰を下ろした。

キッチンからまりあの声が聞こえる。
「光輝くんもカレー食べるでしょ?いま入れるからね!」

悟がコソッと俺に言ってきた。
「まりあちゃん可愛いな。やったじゃん」

まりあがカレーを温めながら言う。。
「悟くんって楽しい人だね。なんか光輝くんとタイプが違うね~。」

どういう意味だよ・・・。


209 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/26(木) 18:54:41.45 ID:WYfnSAso
「いらない」
そう言って俺は立ち上がった。

まりあは「え?なに?」と聞き返してきた。

「今はカレーなんか食べてる時間ないんだ。すぐに会社に戻らないと」
悟はそんな俺の言葉を聞いて、目を丸くしている。

「悟。これカギ。303号だから。今度いつ帰るか分からないから
自由に部屋を使ってくれ。」

そう言って悟にカギを渡すと、俺はリビングを出た。

キッチンにいる、まりあの横をすり抜ける。
まりあは意味が分からない、といった感じでキョトンとしていた。

302号を出るとエレベーターに乗り込み、再び会社に急いだ。

嫌な感じの正体は分かっていた。
それは嫉妬心だった。


644 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 17:30:12.05 ID:igSjZhIo
俺は会社に戻ると、旅日記の仕事に取り掛かった。

もう何時間、寝ていないだろう・・・。

しかしやらなければ!

やらなければ・・・。

やらなければ・・・・・・。

怖い!怖い!怖い!怖い!

もし俺がやらなければ・・・・。


O.Aに穴が空く・・・。


怖い・・・。怖い・・・。怖い・・・。怖い・・・。

俺の心は完全に、仕事の恐怖に支配されていた。
しかも僅にある隙間には、嫉妬心が入りこんで来る。

もう作品を創る精神状態では無い。

でも手を休めるわけにはいかない。
俺がここで手を休めれば、全てが崩壊する。

心身ともに限界にきていたのは、自分でも気づいていた。


649 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 17:37:36.55 ID:igSjZhIo
俺はこの日も徹夜をした。
そのモチベーションは、仕事からくる恐怖心だけである。

朝になり、序々に社内に人が増えてくる。
しかしそんな事すら、もう眼中に入ってこない。

誰かの声が聞こえた。
「二宮~。電話~。木下さん」

ドキッ・・・。なんだ一体?

「はい。お世話になります。二宮です。」

木下さんの元気な声が、受話器から飛び込んでくる。
「どうも!木下です。昨日は台本ありがとうございました!」

「いえ。こちらこそ。遅くなりまして。」

ホッ・・・。そんなことか。
台本を受け取ったというの確認の電話か・・・。

「それでですねぇ・・・」

え・・・。

「台本にもう1ネタ盛り込んで欲しいんですよ。」

え・・・。待って・・・。


650 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 17:39:06.25 ID:igSjZhIo
こっから超鬱展開しか待ってないけど

気にしなくていいから、みんな好きにレスしてよww

明るくやりましょう!(無理か・・・ww)


659 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 17:45:14.03 ID:igSjZhIo
「はぁ・・・」

いまからもう1ネタなんて・・・。

時間的に無理だよ。

探す時間が無いよ。

探したとしても取材申請がいるよ。

それを台本に入れないといけないよ。

しかし局Dの意向である。
一見、お願いされているような感じだが、これは命令である。
こちら側に断る権利など、100%ないのだ。

「分かりました・・・。なんとか頑張ってみます・・・。」
そう言って電話を切った。

これは身の破滅だ。
どうしよう・・・。
もうどんなに頑張っても、スケジュールをずらし込む場所がない!

その時、俺の携帯が光った。
まりあからのメール受信だった。

「ヾ( ' - '*)オハヨ♪こんばんなんぢにかぇる??
悟くんの歓迎ぉかねて。こんや焼肉ぱーちーしませんか(o⌒∇⌒o)」

・・・・・・・・。

いまは悠長に焼肉なんか食ってる場合じゃないんだよ・・・。
それに悟って・・・。

俺は「2人で食べて下さい。」と返信した。

そんなことより仕事だ。

冷や汗が止まらない。
なんとかしなければ!!


671 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 17:52:12.83 ID:igSjZhIo
俺は制作部の同期を捕まえた。
もう、なにふり構っていられる状況ではない。

「頼む。助けてくれ!この通りだ!」

俺は事情を説明した。
「2~3時間なら手伝えるよ」
同期は、そんな俺を見かねて快諾してくれた。

そして神様はいた。

同期の手伝いもあって
俺はなんとか、新たなネタを見つけ出すことができた。

「ありがとう。ありがとう。」
俺は同期に何度もお礼を言った。

僅かに延命が出来ただけかもしれない。
しかしなんとか延命ができた。

早速、局Dの木下さんに電話をして
新たのネタのOKを貰った。

しかし一連の作業は、夕方までの時間を俺から奪った。

もう本当に、待った無し!である。

そこから週末までは、2時間程度の睡眠で
なんとかモーニングステーションのロケに持ち込めた。


689 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 18:03:02.48 ID:igSjZhIo
もう時間の感覚は、完全に無かった。
24時間が早すぎる。
年末にカップそばを食べたあの頃が、嘘のように暇に思えた。

その間、まりあや悟から何度かメールがあったと思う。

いつのメールか?
どんな内容だったか?
返信はしたのか?

全く覚えていない。
でも恐らく返信はしていないと思う。

ロケから帰って、すぐにオフライン編集を開始した。
睡眠や休憩とることなど、初めから頭に無い。

これさえ終われば・・・。
これさえ終われば・・・・・・。

なんとか、旅日記の制作期間に入ることができる!

いまこの時点から、制作期間に入っても相当遅い。
一週間はまともに寝ることが出来ないであろう。

しかし今の俺には、それだけが僅かな希望の光であった。

次の日の朝10時過ぎに
オフライン編集が終了した。


695 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 18:08:53.98 ID:igSjZhIo
早く局Dの木下さんに、プレビューをしてもらわなければ!

社内を見渡す。
片桐さんはまだ出社していない様子だ。

もうあんなオッサンを待っている暇など1秒もない。
俺は木下さんにアポを取り、会社を飛び出した。

木下さんは俺のオフラインをジッと観ている。

15分のVが終わると木下さんは
「うーん」と唸った。

ど・・・どうなんだ?OKなのか?

木下さんは「そうだなぁ・・・」と言って大きく伸びをした。

ドクン・・・。
ドクン・・・。

脂汗が出る。

「申し訳ないけどこのシーン。もう少しカット数増やして下さい」

そ・・・それは・・・。
つ・・・つまり・・・。

「再撮(影)お願いします。」


再・・・・撮・・・・。


身の破滅が決定した瞬間だった。


702 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 18:18:39.67 ID:igSjZhIo
会社への帰り道、携帯にメールの着信がきた。
まりあからだった。

「悟くんと心配してぃます。。。ぃつかぇってきますカ??」

俺はフッと笑った。

悟くんと・・・か・・・。

携帯を閉じた。

俺は今から会社に帰ってある報告をする。
俺の信用を全て奪ってしまう、重要な報告である。

今度こそ会社を辞めるかもな・・・。

重い足取りで会社へ戻った。

俺は制作部のフロアに入ると、真っ直ぐに白井さんの元へ言った。

そして深々と頭を下げ
「申し訳ありません。旅日記は・・・。出来なくなりました。」と報告した。

白井さんは、驚いた顔で俺を見つめ
「なに言ってるのよ・・・今さら・・・」と震える声でそう呟いた。

俺は歯を食いしばった。
きっとこれから、俺に浴びせられる言葉は、想像を絶する罵倒だ。

「なに言ってるのよ!!!!あなたは!!!!」

白井さんは立ち上がって、俺を怒鳴りつけた。


714 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 18:28:54.65 ID:igSjZhIo
フロアにいた全員が、こっちを見るのが分かった。

「私は1度、あなたにできるか?って聞いたわよね!!??
その時、あなたできるって言ったわよね!!??」

白井さんの声は更に大きくなった。

「申し訳ありません。自分の力不足でした・・・。」
俺は頭を下げたままそう言った。

涙がこぼれ落ちる。

「いい加減にしなさいよ!!!ふざけないでよ!!!」

当たり前だ。
白井さんが怒るのは無理もない。
この件で悪いのは全て俺だ。

白井さんは俺にチャンスをくれた。
それをこんな形で裏切ってしまった。
どんなに罵倒されても仕方がない。

「もうどっか行ってよっ!!あなたの顔なんか見たくもないからっ!!」

さすがにこの言葉はショックだった。
胸が潰されるような思いだ。

俺はもう一度
「大変申し訳ありませんでした・・・。」
と声を絞り出し、白井さんの元を離れた。


723 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 18:34:44.84 ID:igSjZhIo
そしてそのまま真っ直ぐに、今度は片桐さんの所へ行った。

「モーニングステーション。再撮になりました。」

片桐さんは俺の報告を聞いて、急に難しい顔になり
「おいおい大丈夫か?間に合うように出来るのか?」と言った。

その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがブチッと切れた。

出来るのか?

・・・・出来るのか?

・・・・・・・・出来るのか?・・・だと?

気がつくと、俺は怒鳴っていた。

「最初に出来ねーって言ったのに、無理やりやらせたのはアンタだろがっ!!!!」

もう何がなんだか、分からない状態であった。

制作部のフロアが、水を打ったかように静まり返った。

驚きの表情で、ポカーンとしている片桐さんを尻目に
今度は制作デスクの松井さんの所に行った。

「俺。今から早退させてもらいます。失礼します。」

そう言って俺は自分のデスクに向かった。


733 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 18:44:49.72 ID:igSjZhIo
松井さんが、俺を追いかけてきた。
「落ち着きたまえ。二宮くん!」

落ち着け・・・か。
その言葉を聞いて、なぜか笑いが込み上げてきそうになった。

「先輩は・・・。手伝ってくれる先輩はどこにいたんすか?」

1人で眠らずに仕事をやっていたことが、なんだか急にバカらしくなってきた。

俺はそういい残すと、自分の荷物を持って
サッサと会社を出て行った。

もう全てがどうでもいいと思った。

俺は電車に揺られながら、一点を見つめ
廃人のようになっていた。

さっきまで色々なことを、同時に考えていた脳が
今は1つのことにだけ支配されていた・・・。

「もうどっか行ってよっ!!アナタの顔なんか見たくもないからっ!!」

白井さんのその言葉が、何度も何度も俺の頭で木霊していた。

入社したてのミスの時は「死にたい」と思った。
しかし今回は違う「死にたい」と思うことすら面倒くさい。

時の流れに身を任せて、とにかくボーッとしていたかった。

マンションに到着した。少しホッとする。
とにかく寝よう。
今までの分も寝よう・・・。


773 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:00:50.59 ID:igSjZhIo
エレベーターで3階に到着した。
もうすぐ部屋だ。
やっと眠れる・・・。

すると俺の部屋のドアが開いた。

中からはまりあが出てきた!

なんで・・・?
なんでだよ・・・?

ドクン・・・。ドクン・・・。
俺の胸がまたあの嫌な高鳴りを始めた。

俺の存在に、まりあはまだ気づいていなかった。

中に向かって「おかずは温め直してね。」と言っている。

中にいるのは。

当然・・・。悟だ。

その瞬間俺は拳を握った。
この感情の正体は・・・。嫉妬心じゃない。

怒りだ。

部屋を出たまりあが、俺に気づいて驚いた顔をした。

「光輝くん・・・。」

「・・・・・・」

「顔色悪いよ。大丈夫?」

「・・・・・・」

「今ごはん作って、お部屋に置いておいたよ。食べられる?」

「・・・・・・」

俺はなんとか冷静さを保とうとした。

以前俺が渡辺の部屋から出てきた時
まりあだって同じ気持ちだったに違いない。


800 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:07:33.59 ID:igSjZhIo
それに、彼女と親友が・・・。
と考えている自分に嫌悪感すら覚えた。

俺は必死に声を振り絞った
「大丈夫。ちょっと仕事・・・。疲れて・・・帰ってきただけ。寝るね・・・。」

それだけ言うと、俺はまりあの横をすり抜けて自分の部屋へ入っていった。

リビングに入ると悟がTVを観ていた。

俺に気づくと
「おお!光輝やっと帰ってきたのか!!少し顔色悪いぞ・・・。どうした?」と聞いてきた。

俺は「別に・・・。」というとテーブルをチラッと見た。
食後の食器が2つ・・・。

そうか。
お前とまりあが飯食ってたのね。ここで・・・。

そんな俺の視線を気にする様子も無く
「まりあちゃんが飯作ってくれてるよ。いまから食う?」
と言って悟は冷蔵庫に向かって行った。

「いや・・・。いらないや。寝たいんだ。悪いけどTV消すね。」
俺はそう言ってTVのスイッチを切った。

悟は心配気な表情で
「おいおい!大丈夫かよ?光輝」と聞いてきた。

俺はそのまま黙って布団に潜りこんだ。

そうだよ。
俺の大好きな2人が仲良くやってくれてんだよ。
俺もそれを望んでいたじゃん。
これでいいんだよ。

そうやって自分を納得させながら目を閉じた。


829 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:13:18.79 ID:igSjZhIo
第18章 崩壊

次の日、俺は起きた時からなんか変な感覚した。

自分の体が自分の物でないような
妙にフアフアした感覚とでもいおうか・・・。

第三者的、神の視点から自分を見ているような・・・。

しかし見下ろしている俺は、決して生物ではなく
ただの蛋白質の塊というか・・・。

言葉ではどう表現すればいいのか分からない
とにかく変な感覚であった。

時計を見た。
9時か・・・。

横では悟が本を読んでいた。

「おはよう」
俺は悟に挨拶をした。

悟は俺の挨拶に気づくと、心配そうに言った。
「おはよう。お前大丈夫か?体調悪そうだぞ?」

「うん。大丈夫」
俺はそう言って洗面所に向かうと、顔を洗ってリビングに戻った。

悟が「会社に行くのか?」と聞いてきた。

「いくよ。もちろん。」
俺はそう答えながら
すぐさま出勤の準備に取りかかった。

「昨日の夜。隣の渡辺さんが訪ねてきたぞ」

「渡辺が・・・。なんて?」

「いや。寝てるって言ったら、帰っていったよ」

そうか。
恐らく会社で俺のことを聞いて、心配をして来てくれたのだ。


846 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:17:36.21 ID:igSjZhIo
あれ?なんかおかしい。
自分が・・・。

普通なら渡辺のそんな行動を、有り難いと思うのだが・・・。
もちろん有り難いとは思うのだが、その感覚がおかしいのだ。

行動の側面を捉えて、脳でありがたいと考えているような・・・。
普段ならば、湧き上がってくる「気持ち」で「感じる」ものなんだが・・・。

なんだか自分がよく分からなかった。

会社にも普通に出勤できた。
昨日あれだけのことをしたのだ。

恥ずかしさや、申し訳なさがあって当然なのだが
全くなにも感じない。

自分のデスクに座ると
極めて事務的に、モーニングステーションの再撮の準備を進めた。

恐ろしいほどに、作品に対する情熱が失せていた。

なんだかんだ言っても、昨日までは忙しい中にも
ディレクターのこだわりは持っていた。

ここを直せばもっと良くなる!!
ここはこうしなければ!!

そんな昨日までの情熱は消えていた。

ただ淡々と、ただ淡々と仕事を遂行していった。


895 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:29:03.92 ID:igSjZhIo
旅日記が無くなったので、正直随分と楽にはなった。
こうなればモーニングステーションだけでも
無事に完成させなければ。

仕事が1つ減ったからといって、激務に変化は無い。
俺の徹夜と、会社への泊り込みはそのまま続いた。

その間もまりあは、頻繁にメールをしてくれた。
メールの文章には、日増しに悟の文字が多くなっていった。

悟・・・。悟・・・。悟・・・。悟・・・。

たまに油田・・・。か・・・。

そりゃそうだ。
あいつは俺なんかより100倍楽しいヤツだ。
そりゃそうなるよ。

そのメールの数々は、俺の知らないところで
まりあと悟が会っているということを、如実に物語っていた。

俺はそれらのメールに適当な返事を返した。

なにか大きな波があって、いくら抵抗しても飲み込まれていく。
俺はあがくを止めて、その大きな波の思うがままに飲み込まれようと思っていた。


911 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:33:46.78 ID:igSjZhIo
苦労の甲斐もあってか、モーニングステーションのVは無事完成した。
それでもO.A前日の午前中というギリギリの納品だ。

木下さんは「またお願いしますよ!二宮さん」と言って
俺の労をねぎらってくれた。

さぁ・・・。どうだろうな・・・。
次は別のディレクターが、担当するんじゃないの・・・?

俺は曖昧な笑顔を返しておいた。

俺は納品からの帰り道を、トボトボと歩いていた。
長尺物をやり遂げた喜びはあまり無かった。

やっぱり旅日記の件が胸を締め付ける。
あの後、旅日記のディレクターは見つからなかった。

そりゃそうだ。
俺の報告が遅すぎた。
あんな制作期間で引き受けるディレクターなどいるはずもない。

結局は白井さんがP・D(プロデューサー・ディレクター)をする
ハメになってしまった。

本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。

俺が会社に戻ると偶然、渡辺に会った。
そういえば渡辺に会うのも、随分久しぶりであった。


935 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:38:30.15 ID:igSjZhIo
「おう。渡辺!」

「二宮くん・・・。元気だった?」

俺と渡辺は昼食がてら、会社の近所の喫茶店に行った。

「ごめんな。渡辺。なんかこの前、来てくれたんだろ?夜」

「うん。会社で聞いてさ・・・。心配だったから。」

俺は胸がジーンときた。
心配してくれる人がいるって、本当に幸せなんだな。

「あの後もね。二宮くん会社で見かけたけど
なんか声掛けづらくて・・・。忙しそうだったから・・・。」

「ありがとうね。渡辺」
俺は感謝の言葉を口にした。

渡辺は「ううん」と首を振って。

「私がミスした時も、二宮くんが心配してくれたじゃん。」
と言ってニコッと笑った。

俺と渡辺は、昼食を食べながら色々なことを話した。
本当に心が和む瞬間だった。

すると突然、渡辺が言い出した。
「二宮くん。気を悪くしないでね。」

ん・・・?

「二宮くんの部屋にいる・・・。友達・・・。」

ドキッ・・・。悟のことだ。

「な・・・なによ?」
やばい。少し声がかすれたかも。


974 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:42:49.96 ID:igSjZhIo
「あまり・・・良くないと思うんだ。やっぱ・・・」
渡辺が慎重に言葉を選んでいるのが分かる。

「まりあちゃんと部屋を・・・。行き来してるみたい。
私が見たのは1回だけど・・・。
なんとなく多分・・・。そんな感じがする。」

かなり言いにくそうだが、渡辺の言いたいことは分かった。

例え見たのが1回でも、渡辺なりに何か感じるところが
あったのであろう。女の勘というやつだろうか。

俺は急に目の前が、真っ暗になるような絶望感に襲われた。

「うん・・・。」
俺にはその一言を返すのが精一杯であった。


21 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:47:11.01 ID:igSjZhIo
次の日、俺は生放送のO.Aに立ち会っていた。
その間もずっと思い出していた。

昨日の夜。
渡辺の忠告を聞いて、重い気持ちでマンションに帰った。

部屋に入ると、すぐに悟が切り出してきた。
「まりあちゃんが、夕飯用意してくれてるそうだぜ!行こうぜ。光輝」

俺はこの時、親友の悟を初めてウザいと思った。

なんでお前らはいつも一緒にいるんだよ?
なんでいつも、俺をおまけみたいに誘うんだよ?
なんでお前に誘われなきゃいけないんだよ?

嫉妬心以外の何者でもない。

でも俺は黙ってついて行くことにした。

怒るのも面倒くさい。
怒ったところで
「なにヤキモチ焼いてんだよ?」など言われたら余計に惨めだ。


55 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:52:04.06 ID:igSjZhIo
3人で夕飯を食べても、ちっとも楽しく無かった。
なぜか空しい疎外感しか感じなかった。

俺は自分が食べ終わると、サッサと部屋に戻った。
2人を部屋に残してくることにすら、抵抗が無くなっていた。
いま悟を連れ出したところで、どうせ俺の仕事中に会う。

それに1人になりたかったのだ。
あの朝から続く気だるさ、無気力症候群とでもいうのか・・・。

この時は気づいていなかったが、俺の精神崩壊は始まっていた。

モーニングステーション2回目のディレクターも
あっさり俺に決まった。

理由は、みんな忙しいという極めてシンプルなものだった。
片桐さんの言った「ディレクター持ち回り案」も結局は嘘っぱちであった。

今月、3週目は他のプロダクションが担当する。
次の俺の担当は4週目。
本来なら、俺がディレクターの旅日記がO.Aしている週だった。

制作期間は2週間だ。

また徹夜の連続で会社に泊まる日々か・・・。
なーに。それも免疫がついて、丁度いい。


83 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 19:57:24.66 ID:igSjZhIo
この時の俺は、完全に諦めの境地に入っていた。
家に帰るのも嫌だしな・・・。

全ての流れに対して
逆らうつもりも、その元気もサラサラ無かった。

精神崩壊は、完全に鬱の症状を引き出していった。
携帯を見ると吐き気がするようになっていた。

それが、仕事関係でも、まりあでも、悟でも
渡辺でも、(油田でも)・・・。

着信もメールも確認がつらくなっていた。

でもそんなバラバラになっていく、俺の心の中で
一つだけ確かなものがあった。

まりあが好きなんだ・・・!

それだけが崩壊していく精神を
ギリギリのところで支えていた。


108 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/27(金) 20:05:11.34 ID:igSjZhIo
モーニングステーションの2回目のO.Aも無事終えた。
でも無事というのかな?この場合。

適当に書いた台本で、適当にロケして、適当に編集しただけだ。
そこに「魂」や「情熱」は全く入っていない。

ずっとこんな感じの
ディレクターになってしまったらどうしよう・・・。

そんなクズみたいな
ディレクターになってしまったら・・・。

人に何かを伝えたい!
自分の想いを形にして、電波に乗せたい!

そうして思って入ったこの業界だった。

しかし当初の目標を見失いつつあった。

無気力が、俺の情熱も覇気も全て奪っていく感じがした。
 
憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その7】 




隣人 (双葉文庫)
永井 するみ
双葉社
2013-08-08