憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その2】 
憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その3】 
憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その4】 

659 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 17:56:03.45 ID:lFDQQOUo
「さてとっ!」
ケーキを食べ終わった渡辺が切り出す。

「明日は早朝ロケなんで帰るね!」
そう言って渡辺が立ち上がった。

「さてさて・・・」
アリ伝説DXを大事そうに抱え

「僕も明日は、仲間との寄り合いがあるのでこれで!」
油田も立ち上がった。

玄関まで2人を見送る。
まだ19時だ。
しかし主役がいなければ、盛り上がるハズもない。

「私明日はちょっと遅いけど
まりあちゃんにプレゼント、一緒に渡しに行こうか?」
渡辺がそう言ってくれた。

「そうだね・・・。」

「僕もお供しましょう!」
油田はなぜか親指を立て「グッ!」のポーズをした。

662 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:01:33.18 ID:lFDQQOUo
2人を見送って部屋に戻る。

祭りの後の静けさが少し切ない。
(正確には葬式だったが)

俺はしばらく1人でボーッとTVを観た。

「さてさて。片付けでもしますか・・・。」

俺は壁に貼られた「繋がったリング」を外す。

「せっかく作ったんだし」と言って、渡辺が付けてくれたのだが
男1人の部屋で、いつまでもこんな物をブラ下げていたら
ただのバカである。

ワンピースの入った袋を見てみる・・・。
隣に油田の靴下があった!

アイツは飲むと、どこででも靴下を脱ぐ癖があった。
つまみ上げる。

くっせぇ~~。

ワンピースに臭いが付いたらたらどうしてくれんだよっ!!
俺は油田の靴下を遠くに投げ捨てた。

テーブルを見た。
まりあの分として、切り分けられたケーキがあった。

油田から死守したチョコレートの板。
そこには「Happy Birthday まりあちゃん」の文字。

「明日じゃもう・・・。Happy Birthdayじゃないね」
俺はポツリとつぶやいた。


680 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:14:15.21 ID:lFDQQOUo
その時インターホンが鳴った。

油田のヤローだな。
靴下を取りにきたか!?

俺は油田の靴下をつまんで玄関のドアを開けた。

一瞬目を疑った。


そこにはまりあが立っていた。

なんで??どうしてここに??

俺はまりあに気づかれないように
そっと油田の靴下を後方のリビングに投げた。

「・・・・・・・」
俺は状況が理解できないため、声が出ない。

「こんばんわ・・・。」
まりあがそう言った。

「こ・・こんばんは。あれ?まりあどうしたの??実家にいたんじゃ・・・??」

まりあは下を向きながら
「ケーキ買ってくれたんだよね?だから帰ってきちゃった。」


687 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:19:27.96 ID:lFDQQOUo
マジですか?
油田さん。あなたの黒魔術ですか?
俺たちの歌声は、本当にまりあに届いたみたいです。

「そ・・・そうか。部屋上がりなよ。ケーキ食べなよ」

俺はまりあを部屋に招き入れた。

リビングに入ると、まりあが床に転がったリングに気づく。

「これ・・・。」
そういってまりあはリングを持ち上げた。

なんだか恥ずかしくなってくる。

「こんなものまで用意してくれてたんだ・・・。」

「そ・・・そうね。油田が作ったんだ。喜ぶわけないじゃんよね?こんなの」

まりあは首を横に振って
「ううん。すごく嬉しい。」


695 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:23:52.71 ID:lFDQQOUo
本当は僕が作ったんです・・・。2時間くらい掛けて・・・。

「ケーキ食べなよ。いま飲み物取ってくるからさ」
そう言って俺はまりあを座らせた。

「ごめんね。なんか俺たちで最初に食べちゃって」

まりあは「ううん」と言って首を横に振った。

飲み物を出してあげてケーキをお皿に入れてあげる。
「いただきます」
といってまりあはケーキを食べ始めた。

「うまい?」
俺の質問に

「うん。私ね。チョコのケーキ好きなんだぁ。」

チョコレートケーキ。
油田さんナイスチョイスですよっ!
(本当は油田が食べたかっただけだと思う)


702 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:30:29.49 ID:lFDQQOUo
まりあがケーキを食べている間はしばし雑談。

そうだよ。これだよ。これがいいんだよ。
俺は喜びに浸っていた。

誕生日に俺の部屋でケーキを食べるまりあ。
な・・なんか俺たち。
付き合っているみたいじゃね!?

俺はそっと、自分の後方にあった袋をたぐり寄せた。

わ・・・渡すぞ。
まりあが欲しがっていたワンピース。
渡辺とaquagirlで買った43,000円のワンピースを!!

「まりあ。えっとこれ。誕生日のプレゼントです」
なぜか心臓がバクバクする。

「喜んでくれるといいけどさ・・・」
そういって俺は紙袋をそっとまりあに差し出した。

驚いた表情のまりあ。
俺の顔をじっと見つめる。


714 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:35:39.12 ID:lFDQQOUo
「ありがとう・・。」
そう言ってまりあは紙袋を受け取った。

「中開けてみてよ。」
俺はまりあの喜ぶ顔が早く見たいんだ。

「うん」
そう言って丁寧に袋を開けたまりあ。

「aquagirlの・・・ワンピース・・・」
まりあはワンピースを見つめながら、ポツリとそう呟いた。

「うん。渡辺に聞いてさぁ。まりあがそれ欲しがっていたって」
照れ隠しでそう言ってみた。

その瞬間まりあがポロポロと涙を流し出した。

そしてワンピースをギュッと胸に抱きしめる。
「ありがとう・・・。
今までもらったお誕生日プレゼントの中で・・・。1番嬉しいです。」


726 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:42:52.68 ID:lFDQQOUo
そんなまりあを見ていると
俺は胸がドキドキと高鳴るのを感じていた。

おい・・・。今のまりあ可愛いよ!
いつも可愛いけど・・・。
なんかむちゃくちゃ可愛いよ!

てか、愛しいよ。やっぱまりあが好きだよ。
俺・・・。

止まらない。
もう気持ちが止まらないよ。

「まりあ・・・」
口が開いてそこから言葉が出ていた。
止まらないよ。もう・・・。

「俺はまりあが好きです。ずっと好きでした。」

言ってしまった。
とうとう言ってしまった。

俺はまりあの反応を待った。
胸の高まりは頂点に達していた。
緊張しすぎて頭がクラクラする。

しかしまりあは、俺の言葉に対して反応しない。
ワンピースを胸に抱きしめたまま泣いている。


737 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:48:59.64 ID:lFDQQOUo
長い・・・。
おそらく5秒か?10秒か?
その時間がとてつもなく長い。

これは告らないほうが良かったか?
それとも聞こえていなかったのか?
はたまたタイミングを間違えたのか?

様々な思いが俺の頭の中で交錯する。

その時・・・。

「私も・・・。」

まりあがポツリとそう言った。

「私も光輝くんのことが好きでした・・・。」

はっきりとそう聞こえた。


761 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:54:57.22 ID:lFDQQOUo
嬉しい・・・。まりあも俺を・・・。やったよ。

「俺・・・俺ずっとまりあと・・・」
ヤバイ!なにをしようとしてるの?俺

気が付くとまりあを抱きしめていた。

うそっ!?俺こんなこと出来る男だったの!?

「まりあといたい。ずっと・・・一緒に。」

そう言ってまりあをギュッと強く抱きしめた。

まりあは俺の胸の中で泣き続けている。
そして一言。

「はい・・・。」

その時!!

バーーーン!とリビングのドアが開く音がした。

ビクッ!として俺とまりあがドアの方向を見る。

「どうもどうも。靴下を忘れてしま・・・・」

俺たち2人を見た油田がフリーズをしている。

だからインターホンを鳴らせと・・・。


769 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:57:37.08 ID:lFDQQOUo
ちと休憩しますね。
この辺は当時の心境をなるべく細かく
思い出して文章にしようと
なかり気を使いました。

そして疲れましたww

772 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/21(土) 18:59:04.00 ID:fVo42Yg0
>>769
乙カレー。
ゆっくりでいいんだよ。


782 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/21(土) 19:05:10.66 ID:lFDQQOUo
途中から・・・でもないんだけど
なんか随分丁寧に書こうという自分がいます。
当初の予定では
まりあと付き合うまで、こんなに長くなる予定では
無かったなぁ。

当時のことを思い出すと
やっぱ色々と出てきて
それを全て詰めん込んだらこんな長さになりました。

前に「渡辺あんま登場しねーもん」と書いたけど
思い出していけば
やっぱアイツとの思い出だけでも
相当あります。

最初は早く話進めるために
「渡辺が仲間になった」くらいで終わらすつもりだったけどww

この分じゃいつ終わることやらですww


756 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 01:51:44.22 ID:gkS.tT.o
第13章 はじめての彼女

次の日、俺は油田の部屋にいた。

油田はメガネのレンズに、ハーっと息を吹きかけ
服の袖でメガネをフキフキ切り出した。

「しかし。まぁ。なんですなぁ」

俺は油田の前で正座をしていた。

「共同生活における秩序を乱しましたなぁ。二宮さんとまりあちゃんは」

え・・・。ちょっと。
俺たちは確かに仲はいいけど、各々が独立した部屋に住み
家賃も各自で払っていますが・・・。

しかし俺はその言葉を飲み込こんだ。
そして「すんませんでした・・・」と言った。

昨日・・・。

俺はとうとうまりあに告白し成功した。
まさに天にも昇る気分とはあのことだ。

俺は愛しいまりあをギュッと抱きしめ
まりあも無言でそれに応えてくれた・・・。

「幸せの絶頂」そこへ向け、俺とまりは階段を一段ずつ上り始めた。
いや。始めていた。

そこへもっての油田の登場。
ヤツは何かを嗅ぎ付けてきたのかもしれない。


777 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 02:03:52.87 ID:gkS.tT.o
ジッと抱き合う俺たち2人を見下ろす油田。

目が怖い・・・。

「あ・・・油田。靴下・・・。そこ・・・」
俺はそう言って、油田の靴下を指さした。

油田は抱き合う、俺たち2人の横を通り
お目当ての靴下を握りしめると、静かにリビングを出て行った。

「あ・・・明日。寄り合い楽しんで・・・こいよ」
俺の言葉が彼に届いたかは、定かでは無かった。

これはとても隠しきれるものでは無い。

俺は次の日、油田の部屋へ説明に訪れた。

まりあも付いて来ると言ったが、それは断った。
油田の前にカップルで登場すれば、ピザに油を注ぐようなものである。

そして今・・・。

俺は油田に説教されていた。

油田はフーっと深く息をつくと
「まぁ。良いでしょう。今回の件は僕の胸の中に収めるということで」

油田による判決が下された。

「それに僕は・・・」

なんだ?

「彩さんのほうが好みなので・・・フフフ」

・・・・・・・・・・・・・・。


799 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 02:17:46.55 ID:gkS.tT.o
「まりあちゃんは胸が大きすぎて
エロいきらいがありますしね。
ややもするとあの胸は少し下品ですなぁ」

テメー・・・。ぶっ飛ばされたいのかっ!!??

「そこへいくと彩さんの胸は小ぶりだが品がある」

乳しか見てねーのかよ!お前は!!

「まぁ今回は、まんまとお2人のキューピット役を演じましたが・・・」

キューピット・・・?
お前が俺に何をしてくれた?

油田はメガネを持ち上げこう言った。
「今度は僕と彩さんの、応援団長をお願いしますよ。二宮さん?」

お断りします。

俺は油田の部屋を後にし、302号の前に立った。

俺には分からなかった。

彼氏ってなにをするんだ?

どんな態度で接すればいいのだ?

いまの時間は23時30分。

彼氏はこの時間に、部屋を訪ねてもいいのだろうか?

そしてどんな態度をとれば彼氏「風」なのだろうか?

ドアを開けたまりあに対し
「おお。俺だよ。彼氏の俺だよ!」

こう言えばいいのか?自分が純朴すぎて分からない。


815 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 02:26:30.00 ID:gkS.tT.o
以前ならもっと気楽に訪ねることが出来たのに・・・。

俺は廊下の壁にもたれながら、夜空を見上げていた。

俺には今まで彼女がいた経験がない。
中・高とグレて最高のDQNだったが俺だが
そっちの方面はからきしだった。

もちろん女の子には興味があった。
決してウホッではない。

でも照れ屋だったのだ。
中学時代、隣町の中学生とケンカをした。
仲間と鼻血を流しながらの帰り道。

その時仲間が言った。
「俺らもそろそろ彼女が欲しいよな」

俺はクールに言った。
「バカかテメーは?男同士の方が楽しいよ。女なんてつまんねーよ」

しかし内心は
「ウァァァーーーン!彼女欲しいよぉぉぉ!!なんで鼻殴られて血ぃ出してんだぉぉぉ」
であった。

こんな俺でも高校へ行けば、バラ色の学園生活が待っている!
そう思っていた。


835 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 02:40:08.85 ID:gkS.tT.o
しかし中学時代より、さらにDQNとして進化を果たした俺に
近寄ってくる女など皆無であった。

そんな時ある事件が起きた。
これは俺の今までの人生で、1番大きな出来事であった。

実をいうとそれも今回、話すつもりであった。
しかしこの事件を話すと、とうとう終わりが見えないので
やめる事にした。

とにかく俺の人格は、その事件を境にして180度変わった。
人の気持ちを1番に考えたいと思うようになった。

しかしその代償も大きかった。
人の気持ちを考えすぎて、自分が傷つくことも多かった。
すっかりチキンハートな俺になっていた。

髪は黒くなり、サラサラのセンター分けヘアになった。
DQNの仲間とも離れ、ひたすら勉強をした。
来る日も・・・。来る日も・・・。

そしておふくろの肩を揉んであげた。
これまでの何年も、苦労を掛けた分を・・・。

この時に俺は勉強のしすぎで、メガネを掛けるようになった。


857 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 02:55:41.74 ID:gkS.tT.o
その甲斐もあってか、なんとか4流大学に現役で滑り込んだ。

しかし不気味なメガネ男に、近づいてくる女はここでも皆無だった。
しかも元がDQNなのだ。
メガネの奥の潜む眼光は簡単には消えてくれない。

今はメガネをコンタクトに変え
世間の話題にも、ある程度ついていけるが
当時の俺はDQNからある日突然ガリベンになったのだ。

みんなが大事なものを養っている期間を、俺は無駄にした。

そう考えると、俺の青春時代は非常に暗かったといた。
自分の信じる、オタク道を邁進する油田は少し羨ましい。

遅い時間だし302号を訪ねるのはやめておいた。
渡辺には明日、会社で会えたらその時報告しよう。


868 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 03:03:53.44 ID:gkS.tT.o
次の日、15時ごろ技術部に行くと
機材を片付けている渡辺がいた。

たった今、ロケから帰ってきた様子だ。

「お疲れナベ。なんのロケだったの?」

世間話をしたあと、俺は渡辺を誘って会社近くの喫茶店へ行った。

こういうことが新人の俺でも出来るのは
この業界の特権ともいえる。

ホワイトボードに「二宮 資料探し。本屋」と書いておけばOKである。

俺は渡辺に話した。

一昨日渡辺たちが帰ったあと、まりあが家に来たこと 

そしてプレゼントを渡して・・・。告白したこと。

まりあが俺の気持ちに応えてくれたこと。

それを油田に見られてしまったこと。

昨日の夜、油田に許可(なんで?)を貰ったこと。

しかし俺が応援団長に任命されたことは伏せておいた。

渡辺はニコニコとしながら俺の話を聞いてくれた。
そして一言
「良かったね。二宮くん」と言ってくれた。


871 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 03:06:25.96 ID:gkS.tT.o
後にまりあから聞いたことだが
まりあも俺に好意を持っていることを渡辺は知っていた。

まりあ本人から聞かされていたらしい。

渡辺はその時点で、俺とまりあが両思いであることを知っていたのだ。

しかし渡辺は俺が告白するまで、そのことは黙っていた。
きっと自分がでしゃばる問題ではないと思ったのだろう。

その中で俺をaquagirlに連れて行ったりして
筋道を立ててくれていたのだ。

渡辺は本当にいいやつなのだ。

「今度デートしなよ。今までは私や油田さんが邪魔しちゃってたしさ」

別に渡辺は邪魔をしてない。
邪魔をしたのは全て油田である。

デートか・・・。
俺は会社に戻った後も、仕事そっちのけでデートプランを考えていた。



914 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:26:00.59 ID:gkS.tT.o
結局、良いデートプランは思い浮かばなかった。
渡辺も「遊園地とかでいいじゃん」とアドバイスをくれたのだが・・・。

少し幼稚なまりあにはそれもいいかな?と思ったが
昔「マイホームみらの」というマンガで「初デートで遊園地と映画はご法度」と
いっていたのを思い出す。

う~~~~む。

俺はこの日の帰り、まりあがバイトをしているカレー屋に行った。
この時間なら、まりあがバイトをしている可能性が高かった。

「いらっしゃいませ」と声を掛けてきたのはやっぱりまりあだった。

俺はどんな声を掛ければいいのか迷った。
「やあ!」「お疲れ!」「オッス!」等が候補に挙げられた。

しかしどれが彼氏「風」か分からず
つい「どうもどうも」と油田「風」の挨拶をしてしまった。

席に着くとまりあが注文を聞きに来てくれた。

「お疲れさま。お仕事いま終わったの?」
なぜ女の子って今まで通り、普通に話せるのだろう?


915 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:30:03.94 ID:gkS.tT.o
「う・・うん。ロケ無かったし・・・」
俺はついゴニョゴニョと話してしまう。

「納豆フライドチキンカレーでいいですか?」

「はい。それでいいです。400gにして下さい・・・」

「少々お待ち下さい」そう言ってニッコリ笑うと
まりあはカウンターの奥へと消えて行った。

俺は水をゴクゴクと飲みながら。
「真性の喪男だよな・・・('A`) 」
そう思っていた。

やがてまりあが、納豆フライドチキンカレーを持ってきてくれた。
「いただきます」と言ってカレーを食べようとすると

「もうすぐ上がりだから、一緒に帰ろうね♪」と声を掛けてきた。

「は・・・はい」
えーーーーーいっ!!俺はどこまで純朴なのだっ!!
自分に腹が立つ。

まりあのバイトが終わると帰り道、2人で並んで歩いた。

こんな幸せが俺に訪れるとは・・・。

まりあの話に相槌を打ちながら、2人でゆっくりと川沿いを歩く。
俺の大好きな川だ。
春には桜並木になり、いまの夏の季節には子供たちが水遊びをする。


919 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:33:35.50 ID:gkS.tT.o
まりあが「ちょっと下に降りようか?」と言ってきた。
この川は土手に階段が付いていて、川辺に行けるようになっている。

俺とまりあは川辺に並んで座った。
この時間は川のせせらぎだけが聞こえてくる。

まりあが俺の肩に頭をもたげてきた。
そしてそっと手を握ってくる・・・。

本当に俺たち付き合っているんだ!
この時初めてそれを実感した。

よ・・・よし。デートに誘うぞ。
デートプランは何も決まっていない。
しかしこうなれば出たとこ勝負だ!!

「ま・・・まりあ」

まりあは川の方を見ながら
「なに・・・?」と呟いく。

喉が渇く。しかし言った。
「今度・・・。デート行っとく?」

俺のバッキャロー!!
これじゃ川田さんの「キャバ行っとく?」のパクりではないか!!


923 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:36:27.49 ID:gkS.tT.o
まりあがこっちを向いて、甘えた声を出した
「どこに行こうか・・・?」

「いや。実はまだ考えてないんだよね。まりあはどこがいい?」

まりあは「そうだなぁー」としばらく考え
「ここがいい」と言った。

「え?ここ?」

まりあはコクンと頷くと
「そう。ここ。ここにお弁当を持ってきて食べたいな。」

まりあがそう言うのであれば
「OK!分かった。んじゃ初デートはここでピクニックをしよう!」

俺とまりあの初デートは、自宅から僅か5分の川辺に決まった。
なんとなく俺とまりあらしいと思った。

そして2人で手を繋いで帰った。


924 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:38:57.18 ID:gkS.tT.o
デートの約束をした日から、俺は仕事が忙しくなった。
お盆にのんびりした分の反動が少なからず返ってくる。

結局、まりあとの初デートが実現したのは
それから3週間後の土曜日だった。

既にカレンダーは9月に突入していた。

その日の朝、俺はまりあの部屋を訪れた。

「まだお弁当できてないんだ。少しリビングで待ってて!」
そういって俺をリビングに招き入れる。

俺はボーっとキッチンで、おにぎりを握るまりあを見ていた。

・・・・。

・・・・・・・・。

チクショーーーー!!俺の彼女可愛いーーーーーーーーーーっっ!!!!

叫んでやろうかと思った。この時は本気で。

まりあは手の平でコロコロと器用にご飯を回転させ
三角形のおにぎりを完成させていく。


926 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:40:55.51 ID:gkS.tT.o
「手。熱くないの?」
俺は小学生みたいな質問をした。

「熱いよぉー。でも少しお水をつけてね。素早く握るの。そうすれば大丈夫!
あんまりお水を付けすぎると、おいしくなくなるんだぁ。」

俺はへーっと関心した。

男の一人っ子で育った俺は、まりあに色々教えてもらった。

ある時2人で歩いていると、ふと秋の香りがした。
「なんか秋の香りがするね」と言うと。

「うん。これはキンモクセイの香りだね」と教えてくれた。
その度に「女の子ってすごいなぁ」と関心したものだ。

まりあが「今から巨大おにぎりに挑戦します」と言った。
どうも俺用らしい。
まりあはご飯をペタペタと重ねソフトボール位の球体を作った。

俺そんなに食えないよ・・・。

それに具を数種類詰め込み、にぎりに入る。
さすがに三角にするのは無理な様子だ。
最後はその球体の全面に海苔を貼り付け

「完成~~~!!」と笑っていた。
とても嬉しそうだった。


928 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:43:41.19 ID:gkS.tT.o
おにぎりをバスケットに詰め込み
俺とまりあは手を繋いで、近所の川辺に歩いて行った。

到着すると2~3人の小学生の男子が、網で川魚を追いかけていた。
和む風景である。

2人でそれをしばらく眺めていた。
まりあは近くの小さな花を摘んで、器用に指輪を作っている。
たいしたものだと思う。

俺とまりあはバスケットからおにぎりを取り出して食べた。
すごく美味しかった。
こういう場所で食べるというのもあるかもしれないが
ここは素直にまりあの腕を褒めておこう。

俺用の巨大おにぎりも完食した。
せっかくまりあが作ってくれたのだ。
残すわけにはいかない。

お弁当の後も、俺とまりあは子供たちを見ていた。
キャッキャッと騒ぎながら、網で魚を追いかけている様子は
とても楽しそうである。

まりあも「楽しそうだね」と笑顔だ。


929 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:47:27.47 ID:gkS.tT.o
待てよ・・・。そういえば・・・。

以前、俺は油田がセミ採りに行く姿を見かけたことがある。
この時、大学生にもなってセミ採りなんてバカだと思った。

「まりあ。ちょっと待っててね。」
そういうと俺はマンションに走って行った。

301号のインターホンを連打する。
やっと油田が応答した。

「なんですかぁ。もう・・・」と言いながら寝癖だらけ
の油田が出てきた。

どうやら寝ていた様子である。

「ごめん。油田。お前ムシ網持っていたよね?悪いけど貸してくんない?」

「それならありますが・・・」
そう言って油田がムシ網を持ってきてくれた。

俺はそれを借りると、またまりあが待っている川辺に走っていった。

「お待たせ。油田に網借りてきたから、俺たちも魚を捕まえよう!」
まりあは喜んでこの提案に乗ってきた。

2人で網を川に入れて小魚を追う。
なかなか難しいではないか・・・。


930 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:50:53.46 ID:gkS.tT.o
俺は意地になって危険なエリアにまで侵入していった。
ライバルの小学生もここまでは来れまい。

これが大人の力だよ。
フヒヒ・・・。サーセンねぇwwwwww

俺は夢中になっていた。
まりあはそんな俺を見ながら
草花を摘んで、今度は王冠を作っていた。

「待っててくれ!まりあ。俺は君のために、絶対小魚を捕まえてみせるからね!!」
そう心の中で誓った瞬間!

ちょっっ!!!!!!!!!!!

それは一瞬だった!!

俺は藻の付いた岩に足を滑らせた。

このままだと川に転んでいくのが分かる。

全ての景色がスローモションになった。

川辺にいるまりあの「あっ!」という表情が少し悲しい。

俺はこの後予想される、悲惨な結末を想像していた。


931 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 05:52:02.25 ID:gkS.tT.o
ズブ濡れになった俺の顔を、まりあが丁寧にハンカチで拭いてくれた。
かなり情けなかった。

「ごめんね・・・まりあ」
俺はそう言った。
本当は君に小魚を採ってあげたかっただけなんだ・・・。

まりあは気にする様子もなく
「あはは」と笑いながら髪も拭いてくれた。

「呆れてないよね?」俺は心の中でそう聞いていた。

これが俺とまりあの初デートになった。


984 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 11:24:01.97 ID:gkS.tT.o
2回目のデートは遊園地だった。
俺が平日に休みを取れた日に行った。

遊園地はガラガラだった。
それでも俺とまりあは楽しかった。

俺は不覚にもジェットコースターに酔ってしまい
トイレで吐いてしまった。

「光輝くん。大丈夫??」
そんな俺に、まりあはジュースを買って飲ませてくれた。

情けない・・・。

1回目といい2回目といい
デートでは必ずみっとも無い姿を見せてしまう俺・・・。

その日、俺たち2人が気に入ったアトラクションは
「-40℃の世界」だった。

ハッキリいって、ただひたすら
寒いだけのアトラクションである。
その中を歩くだけだ。

特に驚く演出はなにも用意されていない。


989 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/24(火) 11:31:54.81 ID:gkS.tT.o
中には味噌が置かれてあった。
その味噌が-40℃の世界ではカチカチに凍っていた。

なぜそこに置くものとして、味噌が選ばれたのか?
運営者側の意図は数年経った今も分からない。

2分程度歩くと外に出る。

俺とまりあは大爆笑した。

「本当に寒いだけだったな」
「うん。お味噌置いてあったね~。」

それでまた大爆笑。
結局このアトラクションには4回も入った。

俺とまりあは占いの館にも入った。
2人の相性の占ってもらった。

占い師によると、俺たちの相性は決して悪くない。
結婚するならば、早期がいいと言う。
しかし貯金はしっかりとするようにアドバイスされた。

この占い師の予言が当りか?それとも外れか?
それは意外にも早く分かるのだが・・・。

この日、俺たちは初めてキスをした。
遊園地から帰った後、場所は俺の部屋だった。

215 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 07:22:41.12 ID:KQ5xjk6o
流れはごく自然に生まれた。

まりあの肩を抱く。
手がブルブルと震えた。
必死に震えを押さえようとしたが、それは止められなかった。

状況を理解したのか、まりあがスッと目を瞑った。
まりあも小刻みに震えていた・・・。

唇をそっと重ね合わせた・・・。

それ以上のことは何も無かった。

俺は自他共に認める、チキンハーターなのである。
でも俺は幸せだった。

今にして思えば、この時が公私ともに絶頂期だった。
しかし俺はこの後、ズルズルと転落していく。

公私ともに・・・。


234 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 08:40:53.60 ID:KQ5xjk6o
第14章 渡辺の大失敗

季節はすっかり秋になっていた。

その日は久しぶりに川田さんと居酒屋で飲んでいた。

この当時の俺は、川田さんのディレクター業務の50%を奪っている状態だった。

会社とプロデューサーは、当然外部に流れる経費を抑えたい。
そのためには月給制の内部ディレクターを使いたい。

しかし内部ディレクターは、プロデューサー同士で奪いあいになる。
経費削減は、プロデューサーの大命題であるからだ。

しかもこの当時、うちの会社は慢性的なディレクター不足であった。

そんな状況から、運良くではあるが
デビュー作を創った、俺にも序々にディレクターの仕事が増えてくる。
もちろんパブのような簡単な仕事である。


236 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 08:56:38.33 ID:KQ5xjk6o
当然、制作部の同期だって死に物狂いで頑張っている。
ただ彼らがデビューしていないのは、担当番組がパブのような簡単なものではなく
長尺物(放送時間が長い番組)だからである。

そうなると最初の1本はなかなか創らせてもらえない。

俺がディレクター業務を出来たのは運である。
実力では全くない。

余談だが、いくら簡単な作品とはいえ
入社半年でディレクター業務が出来るのか?
そう思う人もいるだろう。

答えはYESでありNOである。
ディレクターはライセンス職業では無い。
ここからディレクターになったという線引きはない。

ADでも演出をすれば、その現場ではディレクターだ。
その逆もまたしかり。

結局はどれだけディレクションの数が多いか?その割合にしか過ぎない。

部長昇進や課長昇進のように
「君は今日からディレクターです」と
言われてなるものではないのだ。

簡単な仕事でもなんでも、1本やってしまえばディレクターを名乗ることは出来る。
(そんなヤツは実際にいないが)

早い話がみんな全て「自称ディレクター」の世界である。

あの堤幸彦だって、食うに困ってADをやれば、その現場ではADだ。
(実際にそんなことは、まず有り得ないが)


242 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 09:06:57.72 ID:KQ5xjk6o
そして当時の俺は、以前にも増して大忙しであった。
パブのディレクター。川田さんのAD。中継の仕事。
その他、人手不足の番組の手伝い等々・・・。

そんな状況であったので、川田さんと顔を会わす機会も減っていく。
この日は本当に久しぶりに、川田さんと飲んだのである。

まずは乾杯。川田さんはピッチが早い!
俺も必死に付いていく。
この人は俺が同じ量の酒を飲まないとスネてしまうのだ。

俺は彼女が出来たことを、川田さんに報告した。

「マジかよ。仕事忙しいくせにお前もスケベだね~。」
ニヤニヤしている。

そして当然のごとく
「写メ見せんか!コラッ」と言われた。

この業界において、縦の関係は絶対である。
俺に断る権利は無いのだ。

素直に写メを見せる俺。

川田さんは驚いた表情で
「マジか!?お前がこの可愛いねーちゃんとかっ!!」
かなり動揺しているな・・・。


267 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 09:43:00.03 ID:KQ5xjk6o
下ネタ好きの川田さんだ。次の質問は決まっていた。
「もうカイた(ヤッた)?」
目は意外とマジである。

「いえ・・・。まだカイていません。」

「パイオツはどうなんだ?ちゃぃちいのか?(おっぱいは小さいのか?とい意味)」
                   ↑
これは川田さん言っていません。俺が業界用語で遊んでみましたww
こんな化石の様な、業界用語を言う人間いないですww

「いえ。パイオツは・・・でかい・・・です。」
実に素直な後輩といえよう。

散々下ネタで盛り上がったところで
ふと川田さんが真顔になった。


272 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 09:49:18.80 ID:KQ5xjk6o
「ところでよぉ。二宮・・・。」
「はい」

「俺は今度、フリー集めて会社興すんだわ」
「へぇー。そうなんですか?」

よくある話だ。

1人でやるより、お互いが仕事を持ち寄れば
その分仕事の幅は広がる。
人数が多ければ、大きな仕事も請けやすい。

ただフリーはプライドが高く、気分屋も多い。
それを1つにまとめるのは大変なことだ。

川田さんにしては、珍しくためらいながらこう言った。
「それで・・・。お前、俺の会社に来ないか?」

「えっ・・・・!!」
俺は絶句した。

まさか自分にそんな誘いが来るとは、夢にも思っていなかった。

「お前を引き抜いたとなると、俺もお前の会社の仕事はもうできねぇ。
それでもお前・・・。来ないか?俺んとこ」


278 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 10:02:23.86 ID:KQ5xjk6o
正直嬉しかった。
めちゃめちゃに嬉しかった。

自分の利益を削ってでも
こんな新人の俺を、欲しいと言ってくれたのだ。
俺を拾ったところで、数年は戦力にならない。

それを承知で、川田さんは俺を誘ってくれたのだ。
そんな気持ちに応えたい。
なんていっても川田さんは、俺を蘇生させてくれた恩人だ。

そして師匠だ・・・。

しかし・・・。

俺はまだまだ、あの会社で勉強したいことが山ほどあった。

それに・・・。
川田さんに付いていくには勇気がいる。
ある程度の安定した会社を離れるのだ。

川田さんには失礼だが
川田さんの会社が成功する見込みは、今のところ全くわからない。

そして・・・。
おふくろだ。
俺の就職が決まった時、あれだけ喜んでくれたおふくろ・・・。
おふくろのことを考えても、今は会社を辞める時期ではない。


289 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 10:09:00.22 ID:KQ5xjk6o
俺は居酒屋の床に正座をすると、深々と頭を下げた。
「すいません。川田さん!今の会社に残らせて下さい!」

縦の関係が絶対であるこの業界において
先輩であり、師匠である川田さんの誘いを断るのだ。

これ位は当然の礼儀である。

川田さんは焦ったように
「お前なにやってんだよ。分かったよ。はよ立て。
みんな見てんだろ。恥ずかしいじゃねーか」と言って
俺を引っ張り起こしてくれた。

そして川田さんは忠告してくれた。
「お前は大事な時なんだ。今の会社で全力でがんばれよ!
んで、こんな時期に落とし穴があるんだ。それに気を付けろ。」

この川田さんの忠告は、後に的中する。

そしてこの時
川田さんの誘いを断ったのは、結果的に失敗であった・・・。


297 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 10:14:36.43 ID:KQ5xjk6o
仕事というものが、俺の中で大きく変化している時期であった。

俺も渡辺も、そして他の同期も
もはやミスを起こしても、新人では許されない時期にきていた。

そんな中で、渡辺が大失敗を起こしてしまう。

その日、俺がポスプロから帰ると制作部の同期が近づいてきた。

「渡辺がなんかすごいミスをしたようだよ」と教えてくれた。

まずは彼氏に報告といったところか。
彼氏ではなく、ただの隣人なのだが・・・。

「ミスってどんなミス?」
俺は驚いて聞いてみた。
あの冷静沈着な渡辺が、そんなに大きなミスをするとは考えにくい。

「よく分からないけどラッシュ(撮影済みテープ)をダメにしちゃったみたい」
この同期も、事情は詳しく分からない様子だ。

俺はすぐに技術部にいった。

あの同期の言ったことが本当なら、大変な事態である。
この業界において、ラッシュは命ほど大切なものである。

まだ詳しい事情は分からないが
もしこの話が本当であれば
間違いなく取り返しがつかないミスだ。


304 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 10:25:50.31 ID:KQ5xjk6o
しかし技術部の部屋に、渡辺の姿は無かった。
俺はそこにいた、技術部の同期を捕まえて話を聞いた。

「渡辺がラッシュをダメにしたって本当なの?」

そいつは事情を詳しく知っていた。
「うん。海水につけちゃったらしい・・・」

話のあらましはこうである。

その日渡辺は、ディレクター孤高の天才田畑さんと、
カメラマンは、恐怖の大宮さんというメンバーでロケに出ていた。

俺ならばそんなメンバーでのロケは、丁重にお断りしたいところである。

某大物タレントを使ったロケであった。
タレントが絡むシーンを全て撮り終わり
タレントをバラした(先に帰すこと)後、インサートカット(情景や差し画)を撮影していた。

場所は海辺の防波堤で、日の入りのシーンだったという。
大宮さんが「ニューテープを出せ」と渡辺に指示。

渡辺が慌ててリュックから、ニューテープを出そうとした瞬間。
リュックの中の荷物がバラバラと海の中へ落ちた。

その中にラッシュが混じっていたそうだ。

海水から拾い上げたテープを引っ張り出し
布で拭いたそうだが、そのテープから映像が映し出されることは無かった。


316 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 10:33:23.25 ID:KQ5xjk6o
渡辺はすぐにテープの発売元に電話にをした。
事情を説明して返ってきた答えは
「海水は無理ですね・・・。真水でも相当厳しい状態です」
という切ないものであった。

責任感が人一倍強い、渡辺の心境を思うと胸が痛む。

とにかくこうなってしまった以上
考えられるのは再撮影である。

しかしタレントのスケジュールは押さえられるのか?
相手は大物である。
スケジュールはビッシリであろう。

しかしこっちにもO.Aがある。
テレビ番組はどんなにあがいても、納品を延ばすことが出来ない商品だ。

それに間に合うように
タレントを押さえるのは、かなり難しい作業と思える。

奇跡的に押さえたとしても、二重のギャラが発生する。
責任は全てこちらにある。当然のことだ。

しかしこれも頭が痛い。
完全に予算オーバーとなるだろう。


324 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 10:38:06.16 ID:KQ5xjk6o
しかも最悪なことに
そのラッシュには大宮さん渾身のカットが入っていたそうだ。
特機(特殊機材)を多用し、何日も前から準備をしていたという。

撮影は基本的に最初が1番良い。
インタビューひとつでも
最初と2回目では、タレントやスタッフのノリが違う。

いくらプロでも「あーあ。やり直しかぁ」という気持ちはどうしても抑えられない。
長時間掛けて撮影をしたものと、全く同じことをするのだ。
無理もないだろう。

そして天候もあれば、全ての条件が最初と同じになるは難しい。
映画ならば日待ち(太陽が出るの待つ)もするが
番組ではなかなかそうもいかない。
どうしても、最初の方が良かったというカットが出てくる。

それらのことを考えれば
これは俺の起こしたミスにも匹敵する。

俺は今の渡辺の立場を考えると、胃がキリキリと痛んだ。

その時、渡辺が技術部の部屋に入ってきた!


336 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 10:46:23.64 ID:KQ5xjk6o
顔面が蒼白である。
俺はこんな渡辺を見たことが無かった。

「渡辺・・・。お前ラッシュ・・・」
渡辺はかなり無理な笑顔をつくる。

無理しなくていいから!
別に笑わなくてもいいから!!

「うん・・・。大丈夫・・・だよ」

そういって渡辺は、持っていた荷物をロッカーに入れると
「なんか会議をするみたい・・・。スタッフで。行かなきゃ・・・」
そう言って部屋を出ていった。

会議・・・。それは事態の深刻さを物語っていた。

渡辺の問題は、会社レベルにまで発展している。

悔しいが俺のような新入社員には
力になれることが何もが無い。

俺は自分のデスクに戻ると
メールの受信に気づいた。まりあからであった。

「今日ゎぉ仕事ぉそぃですカ?(’ー’*)ノ」


353 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 10:54:27.23 ID:KQ5xjk6o
仕事はヒマでもなければ忙しくもない。
帰ろうと思えば21時には帰宅できる。

俺は渡辺が心配であった。
なんとか励ましてあげたかった。

しかしそれをまりあの誘いを断る理由にするのはおかしい。
付き合って下さいと、お願いしたのはこの俺だ。
ずっと大切にすると、心の中で約束したはずだ。

しかもここ最近は、仕事の忙しさですれ違いが多く
ゆっくりと会うこともあまり無かった。

俺はまりあに「21時に帰ります」とメールを送った。

「(o・。・o)りよぉーかぃ♪シ(*^・^)CHU~☆つくってまってます(≧∇≦)ノ」

シ・・・チュー・・・かな?


364 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:02:30.38 ID:KQ5xjk6o
俺はまりあが待ってくれている喜びを感じていた。
仕事の終わり時間を、メールするなんて・・・。
まるで新婚カップルのようではないか!

しかしそんなことはどうでも良い。
いま心配なのは渡辺である。

渡辺の話は今晩、部屋を訪ねて聞いてみることにした。

「おかえりなさい!」
部屋に行くと、まりあが満面の笑顔で出迎えてくれた。
仕事の疲れが一気に吹き飛ぶ。

更には、またしてもエプロンなんぞをしてやがる。

可愛すぎてムカつくという感情を、俺はこの時はじめて体験した。

ビールで乾杯をしたあと
俺たちはまりあが作ったシ(*^・^)CHU~☆を食べた。

まりあの作る料理は、カレーに限らず全てが美味かった。
おふくろの作る料理にすら肉迫している。
これは将来が末恐ろしいミスター(ミス)味っ子であるといえよう。


372 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:11:11.07 ID:KQ5xjk6o
「光輝くん明日は早いの?」
そう言ってまりあが俺の前に麦茶を置いてくれた。

「明日は早朝ロケだよ。5時起き」

「大変だね。起こしてあげようか?」
この夫婦のような会話が実に喜ばしい。

「いや。いいよ。まりあも眠いだろうし。寝てな。」

俺はロケなら、どんな時間でも1人で起きられる。
逆に3日ほど寝ていなくても行ける。
業界の人は、みんなそうだろうが・・・。

「う~ん。でも起こしてあげるね!」

う~ん。カワユス・・・。

「今日は早く寝なきゃだね」

「そだね。そろそろ部屋に帰って寝るよ・・・。」

俺は渡辺の部屋を、訪ねることを黙っていた。
特に大きな理由はない。

完璧主義の渡辺のミス。
それをまりあに話すのが、渡辺に申し訳ないような気がしたのだ。
俺が逆の立場でも、やっぱり黙っておいて欲しい。

「ごちそうさま」
そういって俺は立ち上がった。


378 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:16:43.43 ID:KQ5xjk6o
「明日がんばってね!」
そういうとまりあは、俺にキスをしようとしてきた。
自然にしているようだが、なんとなくぎこちない。

よくドラマなんかで観る
「行ってらっしゃい!アナタ♪」チュッ♪
ってのを再現したいのだろうが・・・。

まりあは俺の唇の位置を、ロックオンするのに手間取り
それを外さないように、ソロソロと唇を近づけてくる。

俺も
「キスが来るっ!」と
どうしても分かってしまう。

でもそんなまりあのキスは可愛かった。
俺は自分の唇と、まりあの唇が触れるのをジッと待った。


386 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:21:42.22 ID:KQ5xjk6o
「おやすみ。ごちそうさま。」
そう言って俺は302号を出た。

そしてその足で304号のインターホンを押した。
自分だけが浮かれているわけにはいかない。

同期が苦しんでいるのだ。
俺には何もしてあげることは出来ないが・・・。

「はい・・・?」
304号のドアホンから渡辺の声が聞こえた。
よし!帰っている。
「二宮だけど。ちょっと話があって・・・」

すぐに304号のドアが開いた。
「二宮くん・・・」

渡辺の顔色は、会社で見て時よりも幾分良くなっていた。
しかし元気がないのは、ありありと分かる。

「とりあえず中にどうぞ」
そういって渡辺は俺をリビングに入れてくれた。
向かい合って座る。


390 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:26:51.11 ID:KQ5xjk6o
「どうだった?会議?」
おれは少し遠慮気味に聞いてみた。

「うん・・・。とりあえず制作さんが、再撮影の準備を進めてくれる・・・。」
そうなのだ。
この業界で技術のミスは、最後に制作に廻ってくる。

自分でどうにか出来れば、渡辺も少しは気が楽だろうが・・・。
しかし技術の人間に出来ることは、撮影現場にしかないのだ。

「少しは元気・・・出た?」

「うん・・・。でも元気は・・・ないかな・・・。」
渡辺の弱気な発言は極めて珍しい。
そうとう落ち込んでいるのが分かる。

「落ち込むなよ。リュックから荷物が落ちたんだろ?
それは不注意といえばそれまでだけど・・・。仕方ない部分もあるよ。」

俺の言葉を聞いて、渡辺は静かに首を横に振った。
「私がね。落ち込んでいるのは・・・。もっと別の部分・・・。」

なんだろう??


406 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:33:37.62 ID:KQ5xjk6o
「テープがね。海に落ちた瞬間・・・。
私ね、一瞬体が固まったの。どうしよう!!ってね。」
そりゃそうなるだろう。

「でもね・・・。田畑さん早かった。次の瞬間には海に飛び込んでいた。
きっと考えるよりも先に、体が動いたんだね。
もちろん田畑さんの携帯は壊れて、財布もズブ濡れ・・・」

あの人ならあり得る。
あの天才が1本の作品に掛ける執念は異常なくらいだ。
それは一緒に組んだことのない俺でも分かる。

「私ね。甘いなって思ったの。
作品に掛ける情熱が田畑さんの足元にも及んでいない。
自分では頑張っているつもりだったけど
私はやっぱり作品をそこまで愛していなかった・・・。」

渡辺は小さな声で言った。
「それがね・・・。悔しいの・・・」

真面目過ぎるよ。渡辺・・・。


413 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:38:37.49 ID:KQ5xjk6o
あの田畑さんのテンションで、1本の作品に向き合うなんて
誰にもできないよ。
少なくともあの会社では誰もいないよ。

それに制作と技術では、仕事の形態が違いすぎる。
制作は作品の生い立ちから、O.A終了までが仕事だ。

その中には様々な工程がある。
その工程の中で、技術が関わる部分は撮影現場だけである。
制作と技術で、1本の作品に対する情熱が変わるのは仕方がないことだ。

渡辺の心意気は素晴らしいと思う。
でもそれはあまりにも無理があるよ。

「渡辺。お前疲れるぞ・・・。その考え方は」

渡辺は下を向いて
「そうかもね・・・。」
と呟いた。

俺は最後に
「元気出せよ・・・。」
そう言って立ち上がった。

渡辺は
「ありがとう・・・。」
と言って考えこんでいた。

俺はソッとリビングを出て
304号の部屋のドアを開けた。

その瞬間、302号のドアも同時に開いた。
中からは当然、まりあが出てきた。

俺とまりあの目が会った。


426 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:44:11.94 ID:KQ5xjk6o
今にして思えば、円滑に回っていた公私の歯車が

少しずつ・・・。

少しずつ・・・。

ズレ始めたのは、この瞬間からだったのかもしれない。

まりあがキョトンとした顔で俺を見ている。

やばい・・・。
何か言わないと。
やばい・・・。

俺はまりあの部屋を出る時に、すぐに寝ると嘘をついていた。

「・・・なんで?」
先に口を開いたのはまりあだった。

俺はついとっさに
「渡辺を慰めようと・・・」と言いかけて言葉を飲んだ。

そうだ。
今回の渡辺の件はまりあには話していない。
いや。話しちゃいけないんだ。


430 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:46:45.37 ID:KQ5xjk6o
「仕事の打ち合わせ・・・。」
出た言葉は我ながら嘘臭かった。

仕事の打ち合わせなら、会社ですればいい。
会社で出来なければ、電話ですればいい。

時間は23時。

同期とはいえ
1人暮らしの女の子の部屋に行って、話す時間では無い。

何かを考えている表情のまりあ。

しばらくの沈黙があった後
「そう・・・。私コンビニ行ってくる。おやすみなさい」

まりあそう言ってエレベーターに姿を消した。

433 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/25(水) 11:49:47.85 ID:SBscRgMo
明らかにウソだとわかるウソは(ry

付き合う上で相手を不安にさせちゃいけないよ

不安に・・・・。・゜・(/Д`)・゜・。うわぁぁぁぁん


448 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 11:58:37.02 ID:KQ5xjk6o
第15章 地獄の1丁目

暦は師走に入っていた。
社会人になって、初めての年末を迎える。

あの夜以降、まりあからのメールは増えた。
でもまりあは決して、俺と渡辺の関係を追及してくるこなかった。

メールは全て他愛のないものであった。
この時のまりあは、俺との関係が心配であったのかもしれない。

俺は仕事の合間を見つけてはメールを返した。

出来る限りは・・・。しかし・・・。

この時の俺の仕事量は、尋常では無かった。

1本の作品が終了間近→次の仕事が入る。
それが終了間近→次の仕事が2本入る。
その2本が終了間近→次の仕事が4本入る。

こなせばこなしていくほど、仕事量はねずみ講のように増えていった。

頼まれた仕事は、大小関係なく全て受けた。

若さかなのか?これが経験というものなのか?
仕事量は完全に、俺のキャパシティを超えていた。
それに気づいていなかった。

次第にまりあへの返信が困難になっていった。
その数は序々に減っていた。


453 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 12:07:55.72 ID:KQ5xjk6o
みんなお昼かな?
俺も10分ほど休憩しようかな。
さすがに当時を思い出すと
吐き気がしてくる・・・。

454 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/25(水) 12:09:00.77 ID:NT32i9Yo
>>453
ゆっくりやすんどいでー

455 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/25(水) 12:09:01.55 ID:SBscRgMo
>>453
オツカレー
無理せずゆっくりでいいんだよ


475 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 12:25:05.53 ID:KQ5xjk6o
今にして思えば早々と、ギブアップすれば良かったと思う。
しかしなまじ若いので体力がある。

睡眠時間を5時間から4時間。
そして3時間と減らしていき、仕事をこなしていく。

もはや何も見えていなかった。
俺はいま抱えている仕事をこなすことだけに全力だった。
とにかくそれが、一人前のディレクターになる道だと信じていた。

さすがにそんな俺の状況を、心配してくれる先輩もいた。
「そんなペースで仕事をやっていたら潰れるぞ!」

しかし当時の俺は、そんな言葉に耳を貸さなかった。
聞く耳も持たず、一心不乱に仕事をした。

まりあと会う時間は極端に減少した。

この頃になると、川辺や遊園地でデートをしていたのが
遠い昔のことのように思えた。

この時期は隣に住んでいながらも、まりあの顔を見ることは無かった。
家に帰らないのだから当然である。


479 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 12:28:44.13 ID:KQ5xjk6o
帰ったとしても1週間に1回。
それもシャワーを浴びて
着替えを用意すれば、すぐに会社へ戻る。
2週間1度も帰らないこともあった。

それでも俺のまりあに対する、愛情が薄れていたわけではない。

いま抱えている仕事さえ終えれば
まりあと会う時間を確保できると思っていた。

しかし仕事は、無くなるどころか増えてゆく一方だった・・・。

そんなある日、女性プロデューサーの白井さんが声を掛けてきた。
「二宮くん。長尺物のディレクターしてみない?」

俺は即答だった。
「はい!やらせて下さい」

狂っていたとしか思えない。
今の状態でどこに、長尺物のディレクターをやる余裕があるのだ?


486 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 12:35:37.62 ID:KQ5xjk6o
しかし俺は、そんなことなど考えていなかった。
短尺物しか経験していない俺には、長尺物は魅力的だった。

しかもディレクターをやらせてもらえるのだ。
これは俺に巡ってきた大チャンスだと思った。

「二宮くん長尺やったことないから、私もフォローするから」
この言葉で俺はかなり安心した。

大丈夫だ!できる!
睡眠時間を3時間から1時間に削れば
1週間に21時間確保できる。

当時の俺は、本気でそんなことを考えていたのだ。

しかしこの長尺物の仕事を受けたことが
地獄の1丁目への入り口だった。


492 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 12:39:21.93 ID:KQ5xjk6o
この長尺物の番組は、15分の旅番組である。
1週間に1度のO.Aで、リポーターが色々な場所を訪れ
地域の人々と触れ合い、その土地を紹介していくものだ。

番組名を仮に「旅日記」としておこう。

俺の担当O.Aは来年1月の末週であった。
まだまだ時間はある。
なんとか旅日記の制作期間に入るまでに
他の仕事のメドを立てなければ。

なにせ初めての長尺物だ。
時間にゆとりが欲しい。
構成や制作手法を勉強するのにも時間がいる。

しかしそんな俺に追い討ちを掛ける事態が発生した。


520 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 13:00:24.49 ID:KQ5xjk6o
ある日、会社で俺はシコシコと台本を書いていた。

社内が静かである。
今日はロケが多いのであろう。

そんな時、プロデューサーの片桐さんが声を掛けてきた。
「二宮。悪いけど今から局(TV局)に行くんだ。少し付き合ってくれ」

「はぁ・・・。でもどうして俺なんですか?」

片桐さんの話はこうだ。

この日は局で、新番組の打ち合わせがある。
うちの会社がそれを受けるらしい。

局側はディレクターを交えて、打ち合わせがしたいそうだ。
しかしこの日、社内にはディレクターがいなかった。
そこでとりあえず、急場しのぎに俺を連れて行きたいというのだ。

「ディレクターは持ち回りで受ける。この二宮もその1人である。」
片桐さんはこう紹介するそうである。

もちろん俺がディレクターをする予定はない。
番組が回転しはじめると、俺はフェードアウトする計画だ。

俺は適当に、相槌を打ち
1本目を担当するディレクターのために
制作進行の過程を聞けばいいとのこと。

「はぁ。打ち合わせに出席するくらいなら・・・。俺で良ければ・・・。」

この返答が、地獄への片道キップになった。
この時の俺の判断は、その後の人生を大きく変える。

もしこの申し出を断っていれば
俺は今と別の人生を歩んでいたに違いない。

何気ないこのやり取りは、人生の大きな分岐点だったのだ。

522 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/25(水) 13:02:35.97 ID:qmd0G1w0
分岐点きたー。仕事ルートですねわかります。

523 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/25(水) 13:02:56.95 ID:ZDdjn0E0
実際ターニングポイントなんて振り返ってみないとわからんわなぁ

524 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/25(水) 13:02:58.07 ID:vdCvAu6o
セーブセーブっっと

525 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/25(水) 13:03:50.50 ID:Qz17ssSO
たった一言とか一つの選択で人生変わるもんなんだな。
自分はまだ大学生のガキだが、すごく胸にしみるよ


531 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 13:11:24.46 ID:KQ5xjk6o
俺と片桐さんが局に到着すると
局P(TV局のプロデューサー)と局Dが出てきた。

局Pクラスになると、制作会社クラスからすれば神である。
ご機嫌を取らねば、うちの会社に仕事が回ってこない。

「これがディレクターの二宮です。」
片桐さんが俺を紹介した。

「よろしくお願いします。」
俺は内心ドキドキしていた。
おいおい大丈夫かよ?
俺みたいな若造で・・・。

しかしそんな俺にも、局Pと局Dは
「よろしく!」と言ってくれた。
とりあえずホッ・・・。

「早速、打ち合わせを始めましょう!」
局Dの木下さんの言葉で打ち合わせが開始した。

ふむふむ。なるほど。
朝の生番組が立ち上がるそうだ。
仮に番組名を「モーニングステーション」としておこう。
(安直でサーセンwwww)

うちの会社の担当は、その中のコーナーV(TR)である。
尺は15分前後。
旬の流行を捉えて、それを紹介するVである。

「それで二宮さんには、こんな感じの演出で創ってもらいたいんです」

え・・・??。

え・・・・・・・??

俺は話を聞きに来ただけですが?なにか?


539 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/25(水) 13:18:36.30 ID:KQ5xjk6o
俺は片桐さんを見る。
しかし木下さんの話に「ほうほう」と頷いているだけだ。

ちょっ・・・。片桐さん?
俺が1本目の担当じゃないって言わないと!!
このままだと木下さん勘違いしちゃいますよ?

そんな俺の思惑とは裏腹に
打ち合わせはどんどん進行していく。

話題は完全に、1本目のVの内容にまで及んでいった。

今さら俺が1本目を担当しない
とは言えない空気になっていた。

それが言えるのは片桐さん。
あんただけなんだよっっ!!!

その片桐さんが俺に言った言葉がこれだ
「二宮他に質問はないか?木下さんと一緒に頑張ってくれよ!」

・・・・・・・・・。

俺は言葉が出なかった。

「1回目のO.Aは来月の2週生目です。一緒にがんばろう!」
木下さんが握手を求めてきた。
俺は木下さんと握手をしてしまった。

この状況で、断れるほうがどうかしている。
しかしそれはまさに、契約成立を意味した。

俺は焦った。
一体どこにそんな時間があるんだよ・・・。
 
憧れの1人暮らしで隣人に恋した【その6】